道化が見た世界

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【復刻版】カルカッタ・ラプソディ(3)

「WE LOVE INDIA! WE LOVE INDIA!」ホンディーヌ家の一族は雄叫びをあげた。


言葉には魂が宿ると言われている。言霊というヤツである。つまり、「私はインドを、こんなにも愛している」と声に出して表現してみることで、たとえ真に愛していなくとも、インド・ラブ・スピリット(ILS)が発言者の中に宿るという仕組みである。


「諸君、すまない。やはり自分に嘘を付く事は出来ない。どう考えてもこんな国好きになれん」私はポツリと呟いた。


ヌメヌメ湿気の尋常無き不快指数によって、インドは何かしらの点で常軌を逸しており、可能であれば今すぐにでも帰国したい、といった共通認識が一族の中で形成されつつあった。


「マダアアアム!ディナァーレディイ」
ホンディーヌ帝国専属料理人の木炭(本名:モクタン)が夕飯の用意が出来たことを告げた。


「いや、まぁ確かに肌の色は黒いけども!」彼の胸元をポンッと軽く叩き、バッハドゥールがツッコミを入れた。しかしそれは紛れも無く彼の本名だった。「ところでキミはもう帰宅してよろしい」かげおがバッハドゥールに告げる。


インド人の名前は大変バライエティに富んでいた。もう一人の料理人は名をサラファットと言い、執事(語感からイケメンのニュアンスがあるが、それは向井理である)はカーンとサンカック(英語で言うトライアングル)と言った。


私はふと考えてみた。自分がもしサンカックという名前だったらどうしていたのだろうかと。私の肉体及び精神は、いかに迅速に自己の生命を抹消するかにおいてのみ活動していただろうし、その名を付与した人間に対しては比類なき憎悪ないし殺意を抱き、その手で「死を以って償え制裁」を下していたに違いない。


故に、昨今の若い母親や父親が、子供に対して理解し難い名前を付けるといった現象は総じて「サンカック現象」として対処すべき問題である。


しかし、サンカックが唯一恵まれていた点は、彼がインド人であり、インドで生活を全うしそのまま死に行くだろう、ということである。彼の人間としての尊厳や品格は、インドにいる限りにおいて保障されるのである。


「明日は学校ですよ。早く寝ましょう」サンカックが、夕食を食べ終えた私たち三兄弟に向かって言った。私は笑っちゃダメだ笑っちゃダメだ、と心の中で連呼しながら部屋を後にした。しかし、私の隣に居た豪鬼は無遠慮に彼を指をさして爆笑していた。

(続)