道化が見た世界

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【復刻版】カルカッタ・ラプソディ(4)

私達三兄弟(世間一般では「ホンディーヌ三兄弟」という通り名を持つ)は、地元にあるカルカッタインターナショナル・スクール(CIS)という学校に通うこととなっており、そこで主眼として掲げられた目標は、無論、神聖なるインディアン・イングリッシュ(のちの、ホンディアン・イングリッシュの原型となる)の習得にあった。


「ほぼ全ての教室がプレハブ的な安易な作りになっているが、これらはまだ仮設の状態なのか」豪鬼が怪訝そうに言った。


「いや、これは古代インド文明から現代に至るまで長きに語り継がれてきた、何かしらの建築様式に違いない」私はそう断言し、CISの底流にある奥ゆかしい校風に敬服した。「しかし、ただのボロ校舎である可能性も否定できない」


私達は早速そのボロ校舎に足を踏み入れて荷物を置き、CISの朝礼なる行事に参加した。彼らはその行事を、「モーニング・アセンブリー」と呼んだ。生徒達は皆、CISの中心部に位置する広場に移動し、教師達も彼らが整列する前衛に集まり、彼らを俯瞰した。私が見渡す限り、生徒数は100人にも満たなかった。


しばらくすると、CISの校長とおぼしき老女がマイクスタンドの前に立った。そして、片手を肩の高さまで掲げると、「グッモオォニン!シィーアイーエス!」と溌剌に号令を唱えた。


すると、全生徒がそれにつられる様に、「グッモオォニン!ミセス・チャタジイィ!」と応え、そこに同席する教師陣にも続けて「グモオォニン!ミスター・ハロォオーピエール!」「グッモオォニン!ミセス・チョックロボッティイ!!」と、元気良く延々と挨拶をした。その溌剌としたヴォイスは、カルカッタ全土に響き渡っているかの様に思われた。


「インド到着時にも感じたことだが、やはりインドは何かしらの点で常軌を逸しているし、可能であれば今すぐにでも帰国して糞して寝たい」豪鬼がそう呟くと、私は首肯し、ヒメ子は隣りで笑っていた。


CISが世界に誇る儀式が無事終了し、私達はプレハブに戻った。冒頭で、CISに通う目的は神聖なるインディアン・イングリッシュの習得にあると述べたが、スーパーシャイボーイの権化である私に、その目標を達成することはできるはずもなかった。


そして、豪鬼は「俺はそもそも、ブリティッシュ・イングリッシュに憧れている。故に、彼らが弄するインディアン・イングリッシュの習得はさらさら御免である」と主張し、私との利害関係は一致していた。そこで我ら三兄弟はここぞとばかりに結束し、日本語を弄しに弄する共同体「ジャパニーズ・トライアングル(サンカック)」を形成するに至った。


豪鬼は続けて言う。「この試みは、邪悪なるCISに向けての決死の対抗である。このサンカックの一角を失うことは、それ即ち、我々の死を意味する。故に、我々は日本語を弄しに弄し、各々の責務を全うせねばならない。我らに反旗を翻し、ダーク・サイドに堕ちた者―つまり、英語を用いてコミュニケーションを図った者―は即刻、私が瞬獄殺でデリートする」


豪鬼は三兄弟の間で恐怖政治を敷いた。どちらかといえば、お前の方がダーク・サイドに堕ちている、と私は思ったが、その思いを心の中にそっと閉まった。
(続)