道化が見た世界

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【復刻版】カルカッタ・ラプソディ(5)

邪悪なる組織CISには、どういったことか、トイレが2つしか存在しなかった。個室のトイレが別個にそれぞれ2つあるだけだった。


「需要と供給の釣り合いが皆目計られていない。何ぞこれ」ホンディーヌ一同は戦慄した。


2つしかない状態のトイレは無論、常時占有されている。常に誰かが用を足している訳である。故に、自分の尿タンクが決壊寸前の状態で、トイレ前にやっとの思いで到着したとしても、トイレ・キーがロッキングされている状態が9割超であった。その時の絶望感たるや、筆舌に尽くしがたい。尽くしがたいので表現できない。


そして、トイレに行きたくなるのは大概が授業中の時である。当然の帰結として、先生にトイレに行く許可を得なければならない。その行為は至って常識的で取るに足らない行為であるが、私達、初期段階の英語習得者にとってそれは非常に困難極まる行為であった。


何故なら、トイレへ行く許可を得る行為は、立派な英語コミュニケーションであるからである。自分の英語は果たして通じるのだろうかという不安、ジャパニーズ・サンカックを形成しているが故に執拗に気になる兄弟達の目線、他方、今にも放出寸前のmy pee。常にこの板挟みの状態下に私は居た。


先に、初期段階の英語習得者と一括りにしたが、一般の人間にとって、その程度の言葉を発することは困難ではないかもしれない。故に訂正したい。私はシャイボーイであるが故に、「トイレに行かないと私のダムが決壊します」ぐらいの一言を先生に告げることができなかったのだ。そして、たとえその第一関門を突破できたとしても、第二関門には、鍵が絶賛ロッキング中といった、物理的不可能性が私の前に立ちはだかる。「漏らしてもいいんだな!漏らしても!」私は叫んだ。


そういえば、一度こんなことがった。その時は休み時間で、豪鬼がトイレに行きたいと言って、私とヒメ子がそれに着いて行った。すると、いつもの様にドアはロックされていて、いかんともし難い状況であった。豪鬼は、少しの間悩んだ末に、何かを思い付いた様な顔をして言った。


「お前ら、少し離れてろ」


そう言った途端、彼はロックされたドアを渾身の力で蹴飛ばした。私はその蹴りを「竜巻旋風脚」と呼んだ。豪鬼竜巻旋風脚によってブチ開けられたドアの向こう側に、便座にのほほんと座している先生が見えた。私はその見てはならぬ光景を目撃した瞬間に、その場を一目散に立ち去ったが、豪鬼はそれをも上回る人知を超えた速さでその場から消失していた。私が音速であるならば、彼は光速であった。私はその速さを「ビヨンド・ザ・ボルト」と呼んだ。


最後に取り残されたのは罪無きヒメ子である。「ヒィメェ子おお!!」と殺気立った先生の声が、彼女に襲い掛かる。弁解しようにも英語が喋れないのでどう仕様も無い。


「何事にも、多少の犠牲は付き物である」豪鬼は意気揚々と諭しながら、鍵の開いていたもう一つのトイレにそそくさと駆け込んだ。
(続)