道化が見た世界

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内向的少年の純愛的煩悶

少年は高を括っていた。恋愛によって自己の精神が揺れぬことを、最早、空虚で無機質な肉欲によってのみでしか、自己が突き動かされることのないことを悟っていた。


人と接することで芽生える愛という感情は、所詮、美辞麗句に過ぎず、称揚された幻想的概念に過ぎず、その幻に浸り、それに身を投じて夢中になる人種をひどく蔑んだ。愛に溺れ、その醜態を嬉々として衆目の下に晒す人間を哀れんだ。


結局、男というものは、肉欲という低次元な情動に拠って行動する生き物であるという認識を、少年は持っていた。男はその剥き出しの欲望を隠蔽する為に、自覚的・無自覚的にしろ、愛という美名を借用し、女性を蹂躙しているに過ぎなかった。


男の純然たる肉欲の前に、彼女らの人格は意味を為さず、価値を認められず、彼女らの人格と身体は乖離し、やがては身体が人格に優位し、凌駕するのであった。少年は、屈辱的地位に追いやられた女性を不憫に思い、また、愛の美名の元に身体を差し出す女性を侮蔑した。


しかし、少年はある一時、自己の精神がそれによって揺れている、揺れているかもしれぬという疑念を抱くようになった。少年が、無機質であり枯渇し、欠落したと考えていた彼自身の精神は、まだ、もしかしたら機能しているのかもしれぬという疑念を抱いた。


その微かな揺れが、潤いが、少年がそれまで侮蔑していた愛という感情によって生じたものか彼には判別できなかった。しかし、少年は感じていた。幼き頃に芽生えていた、純然たる異性への敬慕を、肉欲という唾棄すべき情動を授かる前の、畏怖すべき無償の情念を。


少年は、高を括っていた己をひどく恥じた。そして、彼女を想うことによって揺れた自身の心を誇りに思った。少年の彼女を想う感情と、その彼女が少年に抱く感情とが、たとえ互いに齟齬をきたしたとしても、彼はその純然たる想いを失うことは無いと思った。


その時少年は、確かに愛を手にした。