道化が見た世界

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【短編】体毛全面戦争(1)

私は鼻毛である。生息地は二つある洞窟の内、右側の洞窟である。地理的には近いものの、左側の洞窟にいる同士諸君との接触はほとんど無い。というのも、私達はこの洞窟の外に出ることを忌避しているし、出る必要もないと思っているからだ。しかし最近、乱心した一本の鼻毛が外界に飛び出して行ったが、すぐさま神の怒りに触れ、忽然と抜けて逝った。彼は自分の身の程を知らなかった。


体毛に課された使命は、皮膚の保護、ならびに、それに準ずる職務の全うにある。そして、私達鼻毛の使命は、生成する物質(鼻くそ)との共存、洞窟の深層保護にある。私達はその聖域を守護する為に、この洞窟の中に生息し、そして外界の光も見ずにここで死にゆく運命にある。その運命に、私は誇りを持って生えている。


しかし、外聞によると、体毛の中には、私達のかかる高尚な使命を愚弄するような毛共が存在するらしい。その不遜な輩共の代表格が、髪と髭である。彼らは、体毛の本来あるべき姿、皮膚の保護に徹するその姿勢をおめでたくも忘却し、お門違いの自己顕示欲をこじらせ、表舞台に立つことに躍起になっている。前者は色を付けたり、毛束演出うんぬん、後者は、整えたり、ワイルドさ演出うんぬん、彼らは俗物社会に堕ちた毛の成れ果てである。


更に、髪、特に「前髪」に至っては、自身らを全体毛の上に君臨するエリートだと勘違いし、傲慢至極の振舞いが絶えないと聞く。「お前ら100本の価値が束になったとしても、俺1本の価値には到底及ばない。俺ら神(髪)だから」などとうそぶきながら全体毛の結束・一致団結を害し、最近では特に「ケツ毛」への迫害・虐殺行為が横行しているらしい。私は、この由々しき事態に対し断固として立ち上がり、本来あった全体毛の結束力を回復すべく、髪(前髪)共と闘うことを決意したのである。