道化が見た世界

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【復刻版】カルカッタ・ラプソディ(1)

◎登場人物
父:かげお
母:ヒカ子
兄:豪鬼
姉:ヒメ子
私:チンパン


◎はじめに
この、「カルカッタ・ラプソディ」という小説は、私が大学二年生だった2009年05月からmixiで勝手に載せていた作品である。私が小学5年生から中学1年生まで滞在していたインドにまつわる話を元に、面白おかしく(を意識して)、虚実を入り混ぜて書かれている。喋り方、あるいはその内容は、勿論現実のそれとは異なるが、家族各人のキャラクターをそれぞれデフォルメして出しているつもりである。因みに私の愛称がチンパンなのは、私が猿に似ているからである。加えて兄の豪鬼は、その好戦性から、ストリートファイターのキャラクター豪鬼をモチーフにしている。最後に姉のヒメ子は、建前上は姫のポジションだからである。両親の愛称にはとかく意味は無い。


(イメージ図・チンパン豪鬼/ヒメ子)


「我々、ホンディーヌ家の一族は、来年より渡印する運びとなった」
ホンディーヌ家の一族の大黒柱、かげおは一族が一同に会する食卓の場で、何やら重々しく宣言した。


「父上、その“渡印”というのは、どういう意味でありますか」チンパンはすかさず聞き返した。チンパン、時にして小学四年生の頃である。チンパンには彼が何を言っているのか理解できなかったが、その重い物腰から、何かしら重要なことを言っているに違いないと察しがついた。


「愚かな弟よ。アイツは、俺らをインドに連れていくつもりなのだ。そしてそれはとどのつまり、我々の死を意味する」チンパンの年後の兄、豪鬼は、晩餐のスパゲッティをちゅるちゅる食べながら答えた。


「大げさに渡印と言っても、たったの三ヵ月だけだからね!パパの仕事の関係で何かしらそれかしらがあって、急遽、一族総出で行く事になっちゃったの!」不可解なハイテンションで、チルドレンにざっくり説明を試みるのは、母のヒカ子である。


チンパンはその頃、充実した小学校ライフを送っていた。いっちょ前に、好きな女の子もいた。地元の草野球チームに所属し、いっちょ前にスタメンにも入っていた。あの頃が私の薔薇色全盛期、チンパンはのちにそう述懐している。


それ故、チンパンは当然の如く、そのピースフルな環境からの逸脱を恐れた。嫌だ嫌だ!川の水で自分のケツ拭きたくない!!そう言ってゴネたりもした。しかし、決して抗うことのできない、何かしらの重圧を、何かしらのインディアン・プレッシャーを、チンパンは感じ取っていた。それを理解した上でも、彼にできることは、ただ泣き叫ぶことだけだったのである。


彼の兄である豪鬼も、無論反発した。彼の憤怒は反発を超え、狂気の域に達していた。誰がインドになど行くものか!というかまず、カルカッタという人をおちょくっているとしか思えぬ滑稽な地名に途方も無い疑義がある!といった反発に、三ヵ月だから!三ヵ月だから!と、応じる母ヒカ子。そんなに嫌なら来なくても良い、と何故か強がる父かげお。故に、食卓は一時騒然となり、収集のつかない状況へと陥った。なんびとたりとも、そのテンヤワンヤを押し留めることはできないかの様に思われた。


「え!インドに行って象に乗りたいじゃん!そして然るのち、その象飼いたいじゃん!」
ただその一声で、ホンディーヌ家の一族の喧噪はパタリとやんだ。その声の発信元は、チンパンの双子の姉であるヒメ子であった。その一声を聞いた一同は彼女をおぼろげに見つめ、口をポカンと空けた。一人だけ違う異次元のベクトルをひた走る彼女は、他の追随を一切許さなかったのだった。


「ということで、一族揃ってインドのカルカッタに旅立ちます」場がひるんだ一瞬の隙を見逃さず、かげおは、その場を丸くおさめることに成功したのである。

(続)