道化が見た世界

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帝国お悩み相談所 Note.1

この世の中に、悩みのない人間など存在しない。
人々はそれぞれ固有の悩みを抱きながら今日も一日を生きてゆかねばならない。

ここで、私が敬愛する森見登美彦氏の著書「有頂天家族」から、悩み事に関する一節を抜粋してみよう。


――世に蔓延する悩み事は大きく二つに分けることができる。
一つはどうでもよいこと、もう一つはどうにもならぬことである。
そして両者は苦しむだけ損であるという点で変わりは無い。
努力すれば解決することであれば悩むより努力するほうが得策であり
努力しても解決しないことであれば 努力するだけ無駄なのだ。――


しかし、そう綺麗に割り切れない時、世の人々は、ここ、帝国お悩み相談所に手紙をしたため、その思いの内を告白する。その悩みに真摯に対応するのは、―帝国の主である皇帝―つまり、私である。


今宵は、その手紙のやり取りの一部を公開する。それを読者の皆さんと共有することによって、異なる視点からの新たな見解が生まれたり、そのような過程で生まれた見解が、それぞれに有益に作用するのではないかと考えた。また、他者の悩み事でも大いに共感し得る部分があると思うし、それを自分固有の悩みと再度照らし合わせて考察することも、何かしらの意味をなすだろうと考えた。


相談者1(S.Kさん 19歳):私は、今大学でテニス部に入っているのですが(入部して半年になります)、どうも人間関係が上手くいっていません。高校からあがってきた人達で固まって内輪で盛り上がったりしていたりして、なかなか自分が入れる雰囲気ではありませんし、全体的に見ても喋りにくい人達が多い様に思います。


部活の活動に専念すれば良いとは思っていますが、やはり、人間関係に目を瞑ってできるほどの精神力は持っていないみたいです。部活のメンバーと一緒にいると、その中で委縮している自分がいるのが分かり、閉塞感を感じています。毎日このことが頭から離れず悩んでいるのですが、私はどうするべきなのでしょうか?


皇帝:初めまして、皇帝です。単刀直入に結論を申し上げますと、私は“すぐさま辞めた方が良い”と思います。S.Kさんはもう既に入部して半年が経過している様ですが、半年が経過した時点で「喋りにくい人達が多い」と感じているということは、高確率で、気の合う人間が存在しない、というより、気の合わない人間が絶対的多数である、ということが言えると思います。正式な入部前に、その部活を見極める必要性があったのではないでしょうか。


やはり人間関係は、部活動においても大きなウェイトを占めるでしょう。というより、生きる上で人間関係は非常に重いものです。辞めずに一人孤軍奮闘して、テニスのスキルを向上させ、部活内で力を掌握することで、貴女が今感じている閉塞感はいくらか和らぐかもしれませんが、そこに至るまでの過程の中で、肉体的・精神的に大変疲弊するだろうと思いますし、本来ならば、部活内のメンバーと切磋琢磨して楽しみながらテニスのスキルを向上させてゆくべきだと、私は考えます。


貴女は、今テニス部という社会に“現在進行形”で属している訳ですが、その社会が貴女の人格を大幅に規定しているということを忘れてはなりません。貴女が、「毎日このことが頭から離れない」と言っていることから察してみても、いかにその社会が貴女の生活の大部分を占めているかが窺い知れます。現在進行形で属している社会の中で、貴女が承認されている社会(たとえば社会性の差異はありますが、クラスなど)があれば、まだ救いはあって、自己と社会との平衡感覚は保てるでしょうが、そのセーフティーネットとなる社会が存在しないとするのなら、貴女はすぐさま、そのテニス部から距離を置く必要があります。そして、新たな社会を求めて歩き始めねばなりません。貴女にその意志があるならばですが、無論のこと、ホンディーヌ帝国は快く貴女を迎い入れます。


ここは1つ、肩の荷を下ろしてみてはどうでしょうか。こんなにも楽に生きられたのか、と思うかもしれません。たとえば、貴女がこの悩みをお知り合いの誰かに打ち明けたとして、その人が、「それは逃げではないのか」と言ったとしましょう。その場合は、すぐさま私にご一報ください。私がそれなりの処置を、その唾棄すべき輩に講じる次第です。それでは、お元気で。


相談者2(M.Yさん 22歳):この前、二年間付き合った彼女と別れてしまいました。僕がフラれたのですが、どうしても彼女のことを忘れることができません。精神的にとても滅入っています。どうにかして、この感情を和らげることができないでしょうか。


皇帝:こんばんは、皇帝です。私自身、M.Yさんの様に、そんなに長い間女性と付き合ったことがありませんし、相談所と銘打って何ですが、貴方の感情を客観的に読み取ることは困難であると感じました。


ただ、ひとつ言えることは、貴方がそれほどまでに精神的に滅入っているということは、それほどまでに彼女を愛していたということです。その貴方の愛に、私の戯言を以て、靄を掛けていいものでしょうか。貴方はその、彼女への愛を大切に持ち続け、苦しみぬくべきだと、私は思います。その苦しみの果てに、何かがあるかもしれませんし、たとえなくとも、それでいいじゃありませんか。愛には変わりないのだから。


ということで、今回はこの辺りで終りとしましょう。帝国お悩み相談所は、24時間フル稼働で営業中です。何か悩み事がありましたら、皇帝までお問い合わせください。真摯に対応させていただく次第です。それでは皆さん、お元気で。