道化が見た世界

エンタメ・エッセイ・考察・思想

ママと僕のアナル事件

読者諸賢、ご機嫌うるわしゅう。

29歳独身実家暮らし彼女なし、日々の楽しみはママとの雑談。

ご無沙汰しております、私です。

 

私がマザコン界のカリスマとして、その勇名を欲しいままにしていることは皆さん周知であると存じますが、―それは実際に私が三十路一歩手前まで来ても、ママのことをママと呼んでいることからも読み取れると思われるが―、マザコン界の世界的権威として、今回私は私のママと私にまつわる話を語らずにはいられない。一つの大きな結論として、うちの家族は全員どこかおかしく、そして無論、私のママもその例外ではない。

 

あの出来事は、私がまだ大学3年生だった頃、私は原因不明の腹痛に悩まされていた。その腹痛が1週間ほど続いた結果、不安になった私は病院に赴き、後日大腸検査をする運びとなった。

大腸検査とは何かありていに言ってしまえば、自身のアナルに内視鏡カメラを挿入し大腸をチェックするというものである。血液検査の注射のハードルですらギリギリ越えられるかくらいのメンタリティしか持ち合わせていない私にとって、大腸検査という自らのアナルをほぼほぼ供物として差し出す初のインシデントは、とても重大であり不安であり恐怖でもあった。ゆえにその結果として、当日は己の精神的支柱たるママに付いて来てもらうことにしたのであった。

 

検査当日、私はママと共に病院の待合室で待機していた。その間、腸の中を綺麗にするポカリを薄めたような液体を飲み続け、数回ほどトイレで用を足して検査までの準備を整え、そしてついに私の名が呼ばれた。

 

先生の「どうぞお入りください」の声と共に、それじゃあ行ってきますとママに一言付言し、待合室の席を立った私とほぼ同じタイミングでママも一緒に席を立った。

その一瞬、その一瞥をくれた時に、え、普通に待合室で帰りを待っているタイプではないのかという疑念と共に、現場まで見に来るタイプだったんだという諦観、そして病院のお医者さんも看護師さんも、私とママが現場に入って来るまでの間に誰も「お母さんは外で待っててください(笑)」と指摘さえしない、さもそれが当然であるかのような空気感と、これから自分に訪れるであろう検査の恐怖と不安に圧倒された私は、

 

 

 

もうやるしかない

 

 

 

そう意を決して開き直り現場に入った。神様、今日僕は母に自らのアナルを見せ、母は息子のアナルを見ます。私たちの眼前には、小ぶりの手術台があり、「それではそこで四つん這いになってください」とお医者さんの無慈悲な言葉が私の耳にこだまする。もうどうにでもなあれと心を出張させた私は言われるがままに四つん這いになり、お尻を出した状態で内視鏡を受け入れる体勢に入った。「それでは始めますね」というお医者さんの合図と共に私は気を引き締めて前方を見た。そしてその一瞬、私は私の目を疑った。

 

私の前方には、オーロラビジョンのような大きめのスクリーンがあった。そのスクリーンは何かと言えば、それは内視鏡から見える映像を映し出すためのものであった。そしてその当然の帰結として、私の眼前には私のズームアップされた大アナルがそのまま映し出されていたのである。反射的に横で見守っていたママをサッと見ると、ママは身体をねじらせ口を押さえ込んで笑っていた。

 

 

 

神よ

汝、辱めを耐え忍ぶ者ナリ。

 

 

 

検査の時間―ヘルタイム―は恐らく10分程度で、結局私の大腸には特に悪いところはないということだった。私は自身の大腸になんの異変もなかったことよりも増して、はやくこの時間が終わってくれたことに安堵していた。検査が終わり、私は手術着から服を着替える必要があったため、「お母さん、先に出ていてください」とお医者さんが伝え、私のママは先に待合室に戻った。

そして、服を着替えた私は待合室に戻るべく、お医者さん達に会釈をしてから扉を開いた。すると、その扉のすぐ先に、何故か私のママが不敵な笑みをたたえながら立っていた。さらに不思議なことに、何故かママはプレデターのような顔を両手で表現しながら立っていた。

 

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(↑プレデター

 

怪訝に思った私は、「いや、どうしたの」とシンプルに問うた。するとママは一息ついてから自分に指を指しながらこう言った。

 

 

 

「ここが、アンタのアナルで、こっちがケツ毛」

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