道化が見た世界

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空とスカイツリー


結論から先に言ってしまえばスカイツリーには登れなかった。金銭的な理由もさることながら、そもそもスカイツリーに登るには予約が必要らしかった。そしてその予約は半年先まで埋まっているとかいないとか、そこらへんはもう皆目さだかではない。


私には数少ない友人がいて、彼らの大半とは中高一貫の男子校(今後は一貫して「プリズン」と表記する)で知り合った。スカイツリーに登ろうと発起した発端は、私がプリズン卒業後(プリズン・ブレイク)から定期的に主宰している「イングロリアス会議」という超俗的会合においてであった。


その会議の全貌について語るのは、またいつかの機会(おそらく無い)に譲るとして、そこに出席している友人が「空(そら/sky)」という異名(本名)を持つ人間だったから、私と彼と、もう一人の友人のJINとで今流行のスカイツリーに登ろうという運びになった。


私達の無計画さと他者へのフリーライド力は常軌を逸しており、結局当日現地に着いてから、おやおやどうやらこれはスカイツリーには登れないらしいぞ、と互いに怪訝な表情で相槌を打つ体たらくであった。


JINは大学の都合上、遅れての合流となったが、私と空は先にスカイツリーを取り囲む「ソラマチ」という、ショッピングストアやらレストランが立ち並ぶ商業施設を徘徊しており、その帰結として7階にあった「世界のビール博物館」に入り浸った。


「(「世界のビール博物館」ホームページより抜粋)ドイツ、ベルギー、イギリス、アメリカ、チェコ共和国といったビール大国の樽生ビールをはじめ、世界を代表するビールが一同に集まった、まさにビールのパラダイス」に16:00頃から入り浸った。流石自らパラダイスであることを喧伝するだけあって、そこには享楽的空間が広がっていた。


しばらくしてからJINが加入し、「ドイツのヴァイスビアはヴァナナの味がする」、「ところで煙草は吸えないの?」、「そういえばスカイツリー登れないらしい」、「らしいね」などとうそぶきながら、喧々諤々の鼎談に花を咲かせたり散らせたりした。


数時間入り浸ったのちに、お会計のお時間となったが、私は例によって例のごとくお金を有していなかった。そこで、最近では定例化しつつある空の財布(名前は空/skyだが財布は空/emptyではない)にフリーライドする運びとなった。空は私に「お前、人としてクズだな」と心で詠唱したのちに声に出してから、諭吉を召喚した。


そして、私は酔っていたからなのか、事の詳細は皆目覚えていないのだが、空の諭吉召喚後に店を出る際、彼に「ござーすっ!(ゴチになります)」と謝礼を述べたのちに、顔面におもっきしのビンタを喰らわせていた。


さて、読者諸賢。よく聞きなさい。確かに私の行動は理解しがたく許しがたい、人道に反する比類なき愚行である。お金を出させた相手に直後不意打ちのビンタを喰らわすとは何事だと、そう感ずるのが人間というものである。しかし、である。しかし。そののちに彼が私に返したビンタは、人智を超える痛さだった。


ビンタとは、普通、手のひらの指先部分に重点を置いてたたかれるもののはずだが、彼のビンタはどちらかといえばカンフーにおける手刀に近く、というか手刀だった。反対側の顎の付け根が「ガゴッ!」と鈍く鳴った。ここで読者諸賢は思うかもしれない。それは当然の報いだと。しかし、私の愚行を織り込んだとしても、私は私自身の内から込み上げてくる彼に対する憤怒もとい殺意を抑えることはできなかった。


「オラァッ!!」


私は再度、空の右頬をおもいっきし叩いた。しかし効果はいまひとつのようだ。


「おい!こいよ、ホラ!こいよ!」


私はそう言って自分の右頬を空に差し出した。


「ガゴッ!」


私は、右頬を殴られたのにどうして左顎の付け根に激痛が走るのか不思議だった。


「もう、やめよう」(ドヤ顔接近)


そこでビンタの応酬は終わったが、そこから絶妙にピリピリした空気が私達を席巻した。そして徘徊に徘徊を重ね、夕飯時になったが、どの店舗も長蛇の列であったため、私達は料理を諦め、アイスを食べようということになった。そこで向かったのがセルフアイスクリーム屋「Lemson’s(レムソンズ)」である。


多種多様なアイスクリームとトッピングがサーティーワン的な配置で用意されており、100グラムあたり360円という料金設定のもと、自由にアイスをクリエイトできる仕組みだった。それは私達の少年心をくすぐった。エントランス付近にいた女店員のポップな笑顔にもいざなわれ、私達はヒョコヒョコと列をなしてその門をくぐった。その瞬間、先程までのピリピリした空気がポップ化し、霧消したように思われた。


私達はそれぞれ思い思いのアイスクリームを作り上げ、「こういうの見ると全部入れたくなるよねーウェーイ!」、「グアバいいねーグアバー!」、「スイカ、メロン、ライチ、グアバ、ドンッ!」なぞと盛り上がりながら、近年まれに見るポップ感を身にまとっていた。そして、完成したアイスクリームをそれぞれレジの計量器に持っていった。



「2200円、1600円、1500円でーす!」



虚無「こんにちは〜」



ちなみに、空が一番高いアイスクリームを、一番嗚咽まじりに食していた。途中から各々が砂を食べている感覚に陥ってから、その日一日を概観する物思いにふけった後、それぞれの帰路についた。総括すると、疲れた。