道化が見た世界

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冷めた空気と僕

「慣れ」というモノは、良くも悪くも人の心を鈍磨させてくれる。緊張から弛緩、意識から無意識へ、人の精神を導いてくれる。しかし、その安穏の秘技である「慣れ」さえも浸透できぬ難攻不落の領域が存在する。それは、



冷めた空気である。



冷めた空気、それは笑いを志す人種が最もhateするところのものであり、そこには、まがうことなきスベりが、今すぐにでも自己存在を消失させたくなる暗い衝動が、存在するのである。


自分の一つの発言が、場の空気を一変させる。その発言が面白ければ、場は盛り上がり、つまらなければ、無慈悲な無音フィールドが姿を変えて現出する。


よくよく考えれば、ひどい話である。人を笑わすことでその場は確かに盛り上がるが、その盛り上がりは、往々にして、そこまで評価されていない。私の言いたいことは、冷めた空間が現出することへの恐怖や不安や緊張、リスクを考えると、それでも尚、人を笑わせることに努める人種は、もっと評価されて良い。ありていに言ってしまえば、もっと私を評価してほしい。


つまり、それほどまでに「冷めた空気」というモノは、恐怖や不安の対象であり、それに「慣れ」ることなど、絶対に有り得ぬということである。もし仮に、その真理に反し、「冷めた空気」に完全に「慣れ」てしまい、場が冷めてもスベっても何とも思わない精神を手に入れたと、のたまう人が現れたとすれば、



彼の精神は完全にイってしまった



と断言できるし、それは最早、人間の精神から逸脱してしまった(イってしまった)狂人のそれであると言っても言い過ぎではない。


私はこれまで、幾度となく(自分で作り上げてしまった)冷めた空気を肌身でキリキリと感じて来た人種であるが、その経験の中でも、最も畏怖すべき、リザード級の空間瞬間凍結という私の罪深き偉業を、これから語ってゆきたい。


その時は、私が大学一年生だった頃の4月―つまり、今では「HONDA GOLDEN PERIOD」としての認識が一般的になっている、私が最もしゃしゃりでていた時期―に訪れた。サークルの新歓飲みが終わり、先輩の自宅で二次会をするという流れになった。


今でもファルス、ファルスと狂ったように連呼するぐらいなのだから、当時の私は「私は自分を面白いと思っているし、そして実際に面白い」という内から溢れ出す肥大化した自尊心を、全方位に全開放していたのであった。


そのただならぬ臭気を感じ取ったサークルの先輩諸賢が会する二次会の場で、私が一発芸を敢行せねばらなぬ状況におちいるのは、火を見るよりも明らかであった。「よりによって一発芸」、私は悶絶した。


そもそも、私は一人勝手に、誰からの制止をも振り切り、自らのハードルを「まだだ!いや、まだまだ!」と可能な限り高く設定していたのである。そのアスリート的姿勢には一定の評価が与えられるべきだが、総合的には狂人の烙印が押されることを甘受せねばなるまい。




「パンパン、ここジャパン!!」




信じられないかもしれないが(そして私も信じたくない)、私は上記のフレーズを満身の力を込めて、動作も含めて、途方も無く声高に叫んだのだった。誇張でもメタファーでもなく、その後、空間が完全に静止、凍結する。文字通り、無慈悲で無音な世界が、私を包み込む。私は息を飲んだ。


この完全凍結の、凍結たる所以、それは、その絶望的な無音世界が、延々と継続したことである。一般的な「冷めた空気」では、確かに冷めたことによって空間に沈黙が訪れ、無音になる。しかし、次の瞬間に、必然的に「冷めた空気に対する苦笑」が起きるのである。「うわ〜今冷めちゃってるわ〜」というむずがゆい共通意識が、有無を言わさず笑いを呼び起こす。それが、苦笑であれ失笑であれ、その時点で空間は救われるのである。


そして、ソレが私には訪れなかった。(並みの人間であれば生涯のトラウマになってもおかしくない、)誰一人いない広大無辺の宇宙空間に一人取り残されたような、あの孤独感、恐怖感、絶望感、もろもろの感情を背負って、私は今日も強く生きる。