道化が見た世界

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俺、川で溺れる

死を身近に感じる体験というのはなかなかしないものだが、というか可能であればしたくないが、私はひと昔の夏ごろにその体験を川で溺れかけてした。

そもそも何故川にいたのかと言えば、川でBBQをしていたからであり、何故川でBBQをしていたかと言えば、それは私がリア充だったからである。

夏に夏らしいことをするのはリア充の定石であり、私は川辺でBBQの肉を食べながらビールを飲み、談笑しながら青空を仰ぎ(厳密には曇り空だったが)、嗚呼、夏が今年もやってきたと呟きながら気付いた頃にはパンツ一枚で川に飛び込んでいた。

私は幼少期から水泳教室に通っていた身分であり、当時の私はその長い手足を存分かつ的確に動かすことによって水を掻き分け、ドルフィンの如きスピードで突き進み、他の同級生の追随を許さなかった。故に泳ぎには一段の自信があった。

私が泳いでいた場所は比較的浅く、まだ足のつくゆとりがあった。ゴーグルは持ってきていなかったので顔を出した状態で平泳ぎをして昔の感覚を取り戻していた。

少し経って、泳ぎながら前方に目をやると、これまで透明だった水が、薄い緑の色に変わっている場所があった。色の濃淡から判断しても水深のある場所であったが、私は構わず平泳ぎで進んで行った。

そこで少し泳ぎ疲れたと思った私は足をつこうとした。しかし、182cmの長身を活かした私の長足が水底につくことは決してなかった。



ヤベェ深ェ



私はこの時川の水をいくらか飲んでしまった。一休みついて呼吸をしようとした矢先に足のつかない川に沈み水を飲んでしまったのである。



ヤベェヤベェ



私は行き来た浅瀬にまた平泳ぎで戻ろうとして思いっきり手を掻いたが、川の流れに押し戻されてほとんど進むことが出来なくなっていた。一見緩やかに見えた川の流れがここに来て一気に脅威に変わった。呼吸が荒くなり、息苦さが増してきた。



ヤベェヤベェヤベェ!!



私はテンパった。しかしテンパればテンパるほど身体は沈み、身体が沈めば沈むほどテンパりは加速する。この悪循環に陥ったことに瞬時に気付いた頭脳派の私は一瞬にしてある結論を見出した。



このままだと死ぬ



ヤベェヤベェヤベェヤベェ!!!心の声が悲愴に叫ぶ。学生が川で遊んでいたが溺れて亡くなった、いつか見たニュースが頭に飛来する。助けを求めても仲間には溺れボケとして処理されるであろう自分のキャラクターを想う。まだ何も成し遂げていない。私はまだ何も成し遂げていない!まだ世間は私という稀有な存在に気付いてすらいない!!




死にたくない




死にたくない死にたくない!!





死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!!!



まず落ち着こう。このままでは文字通りもがき苦しんで溺れてしまう。死が差し迫った問題であることを感じながらもまず落ち着かねばならない。落ち着け自分。落ち着くのだ。というか呼吸が苦しい。呼吸がしたい。ちゃんと呼吸がしたい。てか呼吸しないと死んじゃう!ああ!!川の水もう何回飲んでんだよ!!どうしよう!!本当にこうやって死んでくんだ!!あああ!!呼吸呼吸!!くそ!!あっ!!そうだ!!!



背泳ぎだ!!!



私は全く進まない平泳ぎから、呼吸を最も確保できる泳ぎ方である背泳ぎに切り替えたのである。私は死に瀕した絶体絶命の状況下で機転を利かせ、もがきテンパっていた平泳ぎから神妙な面持ちで背泳ぎにスイッチした。背泳ぎは仰向けになるため前を向けず、自分が何処にいるか把握しにくくなるが、私はこの背泳ぎが自分の命を救うと信じる他無かった。

私は空を見上げながら一心不乱に手を掻き、ばた足をした。はたから見ればさっきまでは優雅に平泳ぎをしていた男が、またチラッと目に映った時には何故か逆方向に死に物狂いで背泳ぎを開始している異様な光景に映ったと思うがこちとらそれどころではない。1人の男の生死がかかっているのだ。

私は決死の背泳ぎで力を使い果たしたため、もう一度足をつくしかなかった。自分が何処にいるかも分からぬ、もしかしたらまだ川の流れに押し戻されて深い場所に留まっているかもしれない。しかしそれは一度足をついてみないことには分からない。私は意を決して直立した。



エス
アイアムアライブ。