道化が見た世界

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人生で初めて女子に胸ぐら掴まれる

蒸し暑かった夏も終わり、大分過ごしやすくなって来た今日この頃ですが皆さんはいかがお過ごし。もう九月も終わりを迎えつつあり、今年も残すところ三か月という頃合いになって参りましたが、、、あ、そうそう。そう言えばつい先日、私、人生で初めて女子に胸ぐらを掴まれたんですが、

その経緯をこれから話して行きたいと思います。

 

私は売れない芸人をしている傍らに、アルバイトで売れないホストもしているんですが、そのホストクラブに初回でいらっしゃったお客さんがいました。そのお客さんは20代前半位で、結構飲み慣れている感じで、何よりお酒が強い方でした。

 

そして当の私も人一倍お酒が強いと自負している誇り高き万年ヘルプですから、そのプライドを示すべく、「いや!俺の方が酒強いから!」と煽りながら、結果として彼女との飲み合いをするという運びになりました。

 

営業が終わる少し前の来店でしたので、時間としては一時間くらいでしたが、ちょうど鏡月のフルボトルを一つ空けたくらいの時間で、勝敗としてはイーブン、決着つかずという形になりました。

ただ私はこの段階で既にだいぶ酔ってたんですが、何をもって負けと定義するか、それは一方が他方に対して「もう飲めません、負けました」と宣言することに他ならず、どれだけ酔っていようがその言葉は決して言うまいと心に決意した私の見上げた三流ホスト魂はここぞとばかりに火を噴きはじめ、「まだ俺たちの戦いは終わっていない。アフターで飲みに行こう」と彼女に提案しました。

 

アフターというのは、ホストがホストクラブの営業終わりに、その日来店してくださったお客さんと会うことを言います。言うなればプライベートな時間のようなもので、ご飯に行ったり、カラオケに行ったり、また飲みに行ったりなどして過ごすことを指します。

 

彼女には、お気に入りというか、仲良くしゃべっていた私の後輩のホストが一人いて、その子が付いてくるなら行くと彼女は言いました。ですので、私は彼を連れて営業が終わってから彼女に会いに行きました。

彼女はどちらかと言えばポーカーフェイスで、表情を見ただけでは酔っているか否か判別できない人種でした。ひるがえって私は前述通りだいぶ酔っていて、後輩に至っては絶賛「ちょっと吐いて来ていいすか?」状態だったので、これは満身創痍の出陣になるぞと再度心を決めました。

 

二軒目の飲み屋では二時間飲み放題を注文し、ただひたすらビールを飲み続けていました。このあたりからだいぶ記憶がまだらになりはじめるんですが、僕の中ではまだまだ戦えるという確固たる自信がありました。その自信を支えるのは、かれこれ5年を数える僕の圧倒的売れていない故に伸びしろしかないホスト人生で積み上げてきた圧倒的経験値に他ならず、そんじょそこらの若娘に負けるはずがないという向こう見ずな矜持でもありました。

 

そして三軒目のバーでは、後半の記憶がバッサリ抜け落ちており、どれくらい酔っていたのか判別する事象を挙げるとすれば、トイレで用を足したあと洗面台の鏡越しに映る自らの姿を他者と見誤り、鏡に映る自らの顔面に指を差して目を見開きながら「おいなに見てんだテメェ!!」と密室で自分で自分に凄む程度に酔っていました。今にも消えてしまいそうな2%程度の理性の残滓の中で僕は、「これはマズイ」と思いました。もう負けでいい。ってかもう負けでいい。そもそもお酒どっちが強いか勝負とかしょうもないことアラサー男子すべきじゃない。もう早く帰って寝たい。一通り吐いてから寝たい。

 

三軒目のバーを出た時には既に日が昇っており、どれだけの時間飲んでいたんだという感慨と共に疲労感を感じました。そしてそのバーが入っていたビル前の路上で彼女と別れを告げ、嗚呼頑張ったし疲れたなと吐き出しふと横を見ると一緒に連れてきた後輩がほぼ寝てました。僕は「え、起きてる?」と彼の頬をぺちっとはたきました。

 

 

 

「ねぇ!!!!」

 

 

 

っ?!?!

 

 

 

「私、暴力振るう男大嫌いなんだけど!!!!」

 

 

 

?!?!?!

 

 

 

吐きたくなるほどの酔いと疲労も相まってはいたと思いますが、僕は本当にその一瞬、何が起きたのか皆目把握できませんでした。ただ僕の目の前には、般若のような形相をした、20代前半の、身長も僕よりは幾分も低い、さっきまで一緒にお酒を飲み交わしていた女子が僕の胸ぐらを確固とした力で掴んでいたのです。

 

彼女は僕たちと一旦別れてから、道路を1つ渡って向かいのコンビニ前あたりにいたと思います。そしておそらくですが、振り向きざまに、僕が後輩の頬をぺちんと叩く光景を目の当たりにしたのでしょう。彼女はその光景を見るや否や怒号に似た声を発したのちに、一度渡った道路を再び戻って来たのです。なんで戻って来たかって?僕の胸ぐらを掴みに来たんです。

 

僕は気が動転しながらも、まずはじめに「女の子ってわりと力強いんだな」と感心しました。だって上半身全然動かせねえんだもん。彼女は僕の真正面、至近距離で暴力が絶対的に許せないこと、つまり僕のことが絶対的に許せないことを胸ぐらを掴みながら怒号をもって僕に主張してきます。彼女の胸ぐらを掴む力もさることながら、その胸ぐらへのねじり具合も常軌を逸しており、控えめに言ってもトリプルサルコウほどのひねりがありました。

 

僕はただひたすら、彼を殴ってはいないこと、そもそもが誤解であること、ただ、僕がしたことと言えば、優しくソフトかつジェントルにぺちんと彼の右頬をフェザータッチで一叩きして肌と肌が触れ合ったこと、いわば、

 

前戯ビンタ

 

したことを伝えましたが、彼女は聞く耳を持ちません。目線を外すと(彼女から見たら暴力被害者である)後輩が僕たちを見て笑っていましたが、その後輩を見るや否や彼女は「笑うな!」と一喝します。

 

 

 

キミは一体何と戦っているんだ。

 

 

 

そして、断崖絶壁にジリジリと追い込まれて行くように、彼女は僕を後ろへ後ろへと胸ぐらを掴みながら押していきます。僕は今から本当に崖から落とされるんじゃないかと錯覚するくらいに彼女の底知れぬ憤怒を宿した表情には説得力がありました。そして僕の後ろにはたまたま割と高めの段差があり、無論それが見えない僕は結果として盛大に後ろへとコケてしまいました。

 

一瞬何が起きたか分からなかったですが、ふと目の前を見ると彼女が依然として僕の胸ぐらを掴んでいます。構図として、パッと見ただけであれば、よく少年漫画であるようなちょいエロ学園モノで、女子生徒と主人公の男子生徒がお互い学校に遅れまいとダッシュしていて、曲がり角でぶつかってしまい倒れてあわやキス寸前的な構図だったはずです。

 

 

ただ、こっちの人般若の顔してますし。

 

 

僕、ケツ打ったあと、後頭部もちょっと打ってますし。

 

彼女がどういった環境で育ってきたのか、どういった経緯で暴力を極度に嫌いになったのかは皆目知り得ぬことですが、僕は彼女の胸ぐらドンの一連の行動を見るにつけ、

 

 

これこそ暴力なのではないか

 

 

これこそがキミの忌み嫌う暴力なのではないか

 

 

自ら忌み嫌う暴力をまさに自らの手で行使してしまっている自己矛盾、己こそが正義であると盲信しているその独善的な不正義、そのただ中にキミは身を投じているのだという、ある種の

 

 

 

哲学的問い

 

 

 

の前に立たされた僕は、時間にして30分ほどの胸ぐらドンを体験したのちに、最終的には力なく彼女との(気持ちとしては)今生の別れを告げました。彼女は最後の最後まで般若でしたが、この白昼に行われた路上での一連のアクシデント、後輩に後日聞いたところによると割とオーディエンスがいたらしいのですが、その方たちに僕達は一体どのように映ったのでしょうか。

 

恐らく可能性としては、彼女の人格を否定するレベルで僕が彼女を罵倒した結果、彼女に逆切れされているように映ったかもしれませんし、あるいは、浮気が発覚した彼氏が彼女におもいっきし詰められているように映ったのかもしれません。

ただ、蓋を開けてみると原因は単に、僕が立ちながら寝ている後輩に前戯ビンタしただけです。

 

帰りの道すがらに、最悪の日だったなと思い返しました。わざわざアフターをしてまでお酒代を出して、重度の二日酔いになって、吐いて、結果として胸ぐらを掴まれて転んで怒号を浴びせられる一日を。

 

「先輩、服のそこやぶれてますよ。」

僕は「えっ!」と胸ポケットの辺りを見て驚いたのちに力なく笑いました。

上を向いて歩こう。そして家に帰って下を向いてトイレで吐こう。暴力はアカンという気持ちを込めながら。