道化が見た世界

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大人のクマさん

 僕は父親の仕事の関係で、小学5年から中学1年までの2年間インドに滞在していたんですが、僕と姉と兄の3兄弟は英語を勉強する為にインターナショナルスクールに通っていました。インターナショナルと銘打ってはいるものの、在校生の8割はインド人だったのが未だに謎です。


 僕達兄弟は特異な関係性であった為(詳しくは過去ログ「私と兄と姉」を参照)、クラス内で英語を皆目しゃべらずに、日本語を3人でしゃべり続けていました。


 そんなある時の授業中に、隣に座っていた兄が一心不乱にノートに絵を描き始めました。僕達兄弟の授業態度はどちらかと言えばよくはなく、というか悪く、3人が固まって座っているために、どうしても授業を聞かずに日本語で会話したり、関係のないことで盛り上がってしまうというきらいがありました。


 僕が兄の描いている絵を一瞥すると、そこには「大人のクマさん」と題された、男性器が異常に発達したクマさんが描かれていました。



(※画像はイメージです。)


 僕はその大人のクマさんを見て大いに笑いました。兄が授業も聞かずに一心不乱に一生懸命描いていた作品が、男性器が異常に発達した大人のクマさんだったからです。僕が大いに笑ったあたりから、授業をしている先生の様子に陰りが見え始めていたのでしょうが、僕はそれを後ろに座っていた姉にも見せることにしました。案の定、姉も大人のクマさんを見て大いに笑いました。


 僕達3兄弟がそれぞれ大人のクマさんを肴に大いに笑っていると、先生がこちらを見すえて、あなたたちは何をそんなに笑ってるんだ!と怒りました。そして先生は僕達のところに来て、大人のクマさんが描かれたノートを取り上げました。


 まずいな、と僕は思いました。その先生は僕達の担任のオバサン先生でした。僕は幼心にも、女性にあの異常に発達したリアルな男性器を見せるのはまずい、と感じていたのです。僕は、先生が大人のクマさんが描かれたページを見つけ出さないでほしいと願いました。


 先生は、そのノートを取り上げてから、怒りと共に素早く一ページずつページをめくりはじめました。あなたたちはこのノートを見て何をそんなに笑っていたんだ!!、と先生は怒鳴りました。しかし、その質問を機に僕達3兄弟の頭の中にあの大人のクマさんが浮かび上がってくると、どうしても笑いを抑えることができませんでした。


 自分の質問に対して答えず、大笑いしている僕達兄弟に業を煮やした先生はついに激昂し、今から校長室に連れて行くとすごみました。一生徒が授業中に校長室に連れて行かれるという事態はかなり稀でめずらしいものでした。



学校のトップに、大人のクマさんが見られてしまう。



 僕達は完全に仰天しました。校長先生もおばあちゃんで、女性でしたので、僕は幼心にも、女性にあの異常に発達したリアルな男性器を見せるのはまずい、と感じていたのです。


 授業は中断され、僕達3兄弟は件のノートを持った担任の先生に連れられて校長室に向かいました。まず最初に担任の先生が校長室に入り事情を説明しているようでした。僕達兄弟は外で待たされ、みな口々に、あの大人のクマさんが見つかったらヤバい、と言い合いました。


 そして程なくして、僕達は校長室に通されました。校長室の大きく立派な机の上に、件のノートが開かれて置かれていました。よく見てみるとそこには、大人のクマさんが描かれていました。


 校長椅子に坐した校長先生と端で立っている担任の先生をよそに、僕達はその大人のクマさんの異常に発達した男性器を眺めていました。僕の兄によって生み出された作品は、とうとう白日のもとにさらされたのです。


 そして、その緊張の中、沈黙をやぶったのは校長先生の一言でした。校長先生は、男性器が異常に発達した大人のクマさんを指差しながら、僕の兄に、これはなんの絵ですか?と、単刀直入に問いました。僕と姉は、兄の顔をうかがいながら息を飲みました。すると、兄は一呼吸置いて、力を込めてこう答えました。




「This is Japanese Picture.」




(完)