道化が見た世界

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【嘲笑技法】 アクト・キャンセル

笑いには多様な社会的機能があるが、今回私が言及するのは、人を小馬鹿にし、対象者の位を相対的に低下させる「嘲笑」における派生型の笑い「アクト・キャンセル」である。ここから若干説明がややこしくなるが、そもそも笑いとは、他者がいなければ生起されないものである(精神病患者のする「空笑(一人で勝手に笑い始める)」などはあくまで例外的なものである)。笑いは他者とのコミュニケーション時に生起される。その時の話し手(actor)と聞き手(reactor)の相互関係を図化したものを以下に示す。



一般的な会話時空間は、ある人がしゃべり(act)、ある人がそれに返答すること(react)によって成立する。たとえば質問をするという行為は、聞き手側の返答(react)を有無を言わさず要請するactであるということが出来る。他者に質問をする時、そこにはact-reactが対になった前提的認識があるのである。そして、聞き手を笑わせようとして発した言葉(act)は、実際にその目的が達成された場合には、reactor側の笑い声(react)がその返答として機能する。つまり、笑わせることを意図した言葉(act)と聞き手の笑い声(react)が対になって初めて自覚的かつ主体的な「笑い」は成立する。


さてはて、内容が仔細になってきてしまったが、今回私が言及する「アクト・キャンセル」とはまさに、その話し手(actor)のそもそもの発話(act)を「嘲笑」によって強制的に終了させるという、挑発的かつ危険な笑いである。


今後の相互の信頼関係にヒビが入る可能性も無きにしもあらず、相手がおちょくられていると感じる蓋然性もあるにはあり、要するに、その断続的スリルを相手を小馬鹿にしながら楽しもうではないかという趣旨の企画である。それでは早速、その危険技「アクト・キャンセル」の実例を順に挙げていこう。



(1)ディープ・キャンセル
読者諸賢も、あまり興味の無い話をされている時に、とりあえず精神は虚空をさまよっていても、姑息に「いやっ深いねぇ」と言うことで、話し手の欲求を満たしているつもりになることはあるまいか。「深いね」という感想は概して「浅い」。しかし、基本的に話し手は馬鹿であるから、「深いね」と伝えただけで得意げになってしまう人種もいるであろう。その対処法として、当技法は、「深いね」を連呼するものである。


「へぇー深いねぇ。。にしても深い。。いや深いわ、やっぱ深い!」など「深い」を連呼すれば、流石の話し手(actor)も文字通り不快になり、そのしゃべり(act)をキャンセルせざるをえないだろう。「取り敢えず深いって言っておけばいい」という皮相な認識を自ら前面に押し出している訳だから、そりゃ話し手の逆鱗にも、たまには触れるであろう。


(2)モスキート・キャンセル
この技法は単純明快である。話し手が意気揚々と調子良く饒舌にしゃべっているところにいきなりビンタをその頬に喰らわす。話し手は呆気に取られてしゃべり(act)をキャンセルせざるをえない。そして話し手のその呆気が貴方への殺意に変わる前の丁度良いタイミングを見計らって、「蚊(モスキート)が顔についていたから」と放言する。まあ、ビンタ(act)の返答としての肩パン(チ)(react)ぐらいは許容範囲であろう。


(3)スリーピング・キャンセル
聞き手の存在を認識していないんじゃないかと思うくらいにしゃべりまくる話し手がいる。そんな彼らに笑みをたたえながら相槌を打ち続けることは、なんとも苦痛なことであろう。そこで登場するのが、当技法「スリーピング・キャンセル」である。


話し手が聞き手の存在を無視し、自らの話に没頭し始めた瞬間に、貴方は深々と目をつぶり、眠った体で頭をカクンカクンと前に動かすのである。その様態はまさに「貴方のお話は退屈です」という言外のメッセージを伝えているのだ。首カクカクにも反応しないぐらいに話し手がしゃべりに没入していた場合は、地響きが鳴るくらいのデカイ音でいびきを演出しよう。そしたら流石に気付く。


(4)カツマ・キャンセル
当技法は、水野敬也氏・小林昌平氏古屋雄作氏・山本周嗣氏が毎週土曜に放送している「何も生まない会議Ustream」によって開発されたものである。読者諸賢は、「勝間和代」という女性をご存じだろうか。その方は『断る力』という著書を記し、その表紙の帯に自身を登場させるに至った。







これである。





彼女がするこのままの表情(鼻孔を膨らませることも必要になろう)、そして手を大きく広げながら腕を前に付き上げ、「貴方のしゃべり(act)を断ります」と、話し手に断り(キャンセル)の意志表明をするのである。更なる威圧を加えたい場合は、大きく広げた手を漸進的に話し手の顔に近づけていくことで、ある種の圧迫感をあたえることができるだろう。



以上のように、ここでは四つの「アクト・キャンセル」の技法を紹介したが、まだまだ多種多様な技法が隠されていることは言うまでもない(追記:虚空キャンセル・白目キャンセルなど)。なにか新しい技法を開発することができた方は、是非私に一報を願いたい。最後に、「アクト・キャンセル」の多用は、相互の信頼関係の致命的崩壊を招く恐れがあるが、それ故にスリリングかつ価値あるものになるのも事実である。全ては、「アクト・キャンセル」を用いる貴方達の調整力と、良識に委ねられている。