道化が見た世界

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ファルス・チョイス

ファルスが空間的芸術性を創出する為には、対話者との調和の多様性を自覚せねばならない。

私は再三「空間的芸術性」という用語を多様しているが、今回は補足としてこのタームを簡潔に説明する。

ファルス主体の性質とは、コミュニケーションの場を空間的に捉えることである。ファルスが発する言葉(act)、それに返答する対話者(react)の連続性によってその空間は形成される。

そこで規定される空間は、ファルス主体が持つ力によって左右される。例えば、話題でワンピースのことしかしゃべれない人間がいたとすれば、彼が有する空間は非常に狭く、一面的であり、多様性に乏しく、非芸術的である。

ファルス主体はその窮屈な空間から抜け出し、可能な限り広大で、多様性に満ちた空間を創出することに躍起になる。そして、それが彼の理想になかった場合に「美」が体現される。それこそが、私がこれまで言及してきた「空間的芸術性」である。

故にファルス主体は、常に模索的であるべきである。対話者の言葉(act)に対して、多様な反応(react)の可能性、多様な選択肢の存在に気付かねばならない。その数ある選択肢の中から、ファルスにかなった選択、つまりファルス・チョイス(farce-choice)をせねばならない。

対話者に対し、強気で接するか、弱気で接するか、媚びへつらうか、蔑むか、小馬鹿にするか、あるいは尊敬するかなどの、ファルス主体の立場の選択に留まらず、様々な体系の中から、そのうちそれぞれ1つを選択し、組み合わせ、その結果完成した選択が、ファルス主体の志向するファルスにかなった選択(ファルス・チョイス)でなければならない。つまり、ファルス主体に求められるのは、actor-reactorとしての、振り幅の大きさである。この大きさのいかんで、彼が形成する空間が確定する。

空間を美で彩る為には多様な体系を模索・統合しなければならないが、その体系はおそらく無限にあり、それらの組み合わせも無論無限に存在する。何も無い空間、真っ白な空間をいかに彩ることができるか、それこそがファルスの希求する浪漫であり、芸術なのである。