道化が見た世界

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ファルスのspeaking/writing領域(2)

私が用いるファルスは主に言語を媒体として発信されることは既に述べたが、今回はその媒体となる言語の領域(speaking/writing)についてそれぞれ詳述していきたい。


 二つの領域の特質を端的に表すと、speaking領域でのファルスは動態であり、writing領域でのファルスは静態であると定義することができる。


 speaking領域のファルスは、他者との言語を用いた邂逅、コミュニケーションによって成立する。そのやり取りの中でファルスが生まれ、調和した空間を形成する。


 一方、writing領域のファルスは他者を介在する必要がない。私の中で形成したファルス世界を言語化し、極めて自己完結的な世界を他者に披瀝するという形で固定化される。そういった意味で、前者は動態であり、後者は静態である。


 次に、それぞれの領域の特徴を挙げてみたい。speaking領域のファルスは動的なものであるから、不確定な変動要素によってファルスの力が左右されていまうといった不安定さを孕んでいる。不確定な変動要素とは、例えば、私自身のその日のテンションの高低であったり、私の脅威となる他者の存在の有無などが挙げられる。


 その様な不確定変動要素によって、本来のファルスの力が左右されなかった場合、私自身は共同体において和を「付与する側」の人間として機能することになるが、動的な会話におけるアドリブ的・即興的なファルスによって、私は新鮮で活発な快楽・カタルシスを享楽することができる。そこには生きた笑いがあり、それにより一体化した共同体の調和を感ずることができる。


 そして、writing領域のファルスは、静態であり固定化されるものである。speaking領域のファルス(動的、流動的)は、私との接点がなければ、つまりその共同体内に属していなければ共有することができないが、writing領域のファルスは、その自己完結的世界が固定化している空間にアクセス(たとえばmixiなど)すれば、誰でも共有することができる。そういった意味で、writing領域はspeaking領域よりも門戸開放的であると言える。


 また、writing領域のファルスは不確定変動要素が介在しない為に、自分の好きな様に思索を巡らせ、ファルス世界を構築することができる。ベクトル的には、speaking領域が外側に向い、writing領域が内側に向かう。内的なファルス世界を構築し、言語化に成功した時の快感・カタルシスと、外的なファルス世界を構築し、共同体の調和を体感した時のそれとを比較した時、どちらが上質なものであるかと考えるのは難しい(前の記事には、speaking領域が凌駕すると述べたが)。


 二つの領域において共通していることは、私がその領域内で、ファルスにおける空間的な芸術性を希求しているということである。