道化が見た世界

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ウケる為の心構え STEP2

さて、もう一つ忘れてはならない、とても重要な心構えがあります。それは「第三者の視点で、状況を把握する」ことです。これは、俗に言う「神の視点」といわれているやつです。僕達は皆、自分自身の目で世界を見て、自分がこれまで形成したフィルターを通して世界を感じています。主語は常に、一人称の僕や私ですね。しかし、神の視点というのは、そういった一人称の視点から抜け出し、自分を、そしてその場全体を俯瞰する立場に視点を置き換えることなのです。自分の遥か頭上に、大きな監視カメラがあると想像してみてください。貴方はそのレンズ越しに、自分を、そして周囲の人間を眺めています。この神の視点を手に入れることができれば、人を笑わせることにおいて大いに障害になる得る、自己の感情を消失させることができるのです。


例えば、自分が複数の人間に馬鹿にされているシチュエーションを想起してみてください。ここで、一般人の方々は、自分が貶められていることに憤怒し、嫌悪感を露にし、なんとも言い難い空間がその場を席巻してしまいます。しかし、神の視点を獲得している、笑いに貪欲な人間の場合は違います。その人は神の視点から下界を覗いている為、その下賎な奴らに対して、憤怒や嫌悪の念を抱くことは、完全にとまではいかないまでも、ありません。彼が考えている唯一の事は、「いかにして、この劣勢を笑いに転換し、優勢な立場に持ってゆくか」ということのみです。いや、あるいは「ユーモアを含みつつ、いかにして彼らを徹底的にコケにすることが可能であるか」という一点のみかもしれません。


ちなみに後者は、僕の個人的な意見です。著・水野敬也の「ウケる技術」では、コミュニケーションとはサービスであるという事を標榜しています。確かに、人を笑わせる人間はそのような意識を持っていなければならないでしょう。しかし、自分が馬鹿にされているのにも関わらず、コミュニケーションをサービスだと見なし、貶められている自分を見ずに、神の視点から物事を俯瞰しようとする行為には限度があります。人間は、完璧に神になることはできないのです。なので、自分を馬鹿にした、神の逆鱗に触れた哀れな彼らに対しては、ユーモアを含みつつ、徹底的にぶちのめす、といった路線で新たな活路を見出しましょう。神の視点の絶対的効用を挙げておきながら、最終的には、僕達は人間なので感情を完全に押し殺すことはできません、という矛盾の孕んだ内容になっておりますが、僕達―笑いに賭ける人間―は、この二律背反的な立場で、笑いにアプローチし続けなければなりません。一方、個人の尊厳、片や、笑いへの献身、といった感じでしょうか。つまり、神の視点を獲得し得るか否かは、個々人の器量の大きさに拠ります。つまり、ある状況に対して(ここでは馬鹿にされるシチュエーション)、耐えられるか否かの線引きが常に求められる、ということです。


先に挙げたシチュエーションは、あまりに極端で、脱線気味になってしまったので、ここでは神の視点の実際的効用を挙げてみようと思います。1つ目は、自分に降りかかったマイナス的要因を笑いに転換し、精神的安定が保たれるという点です。例えば、自分が酷い仕打ちにあったとしましょう。そうですねぇ、僕が、周囲の人間が楽しんでくれる事を汲んで、ダンスを披露したと仮定しましょう。しかし、踊っている最中に、その内の一人から「お前、醜態さらすなよ」と、どつかれてしまいました。僕は、折角みんなを喜ばせようとしたのに!と、憤怒してもおかしくありません。しかし、神の視点を獲得していれば、第三者的にその場を俯瞰する訳ですから、僕の気持ちと、どついた人間の気持ちの、あまりにも明確に表れているコントラストに笑ってしまいます。


両者のベクトルが、それぞれあさっての方向に向かってしまっていっている様が、滑稽で笑えてきます。これが、先に言った、マイナス要因を笑いに転換する、ということです。2つ目は、全体の雰囲気それ自体を、笑いに転換することのできるスキルが研ぎ澄まされる、という点にあります。例えば、僕が何気ない顔で、ベンチに座ったとしましょう。しかし、そのベンチは一人で座るのがやっとの席で、実は、僕が座る前に既に先客がいました。いざ、座ってみると、はやり窮屈極まりない。先に座っていた人は、怪訝そうな顔で僕を見て、「邪魔なんですけど・・・」と訴えてきました。彼の言い分は無論正論なのですが、彼が神の視点を獲得していたら、どうなっていたでしょうか。そのシュールな空間に目を向けて、「つか、お前近くね?www」と笑うことができていたでしょう。神の視点を得ることで、笑いの幅が思いのほか広がるのです。


以上挙げた2つの効用は、笑いと関わってゆく上で最も基礎的な効用と言っても良いかも知れません。笑いを志すことで、これほどまでにメリットがある訳ですから、「笑いなんて皆目興味ないね」とクールを気取っていらっしゃる方も、是非とも笑い漬けの日々を送ろうじゃないか!!