道化が見た世界

エンタメ・エッセイ・考察・思想

受験生諸賢に光あれ!

f:id:kent-0106:20220122104602p:image

まるで昔の古傷がうずく様に、私の内に秘めたインテリジェンスの燃え上がりを感じる時節がある。その時節こそ、目下到来せんとする受験シーズンである。「あの時こそが、私が誰よりも一等に輝いていた最終到着地点(パラロキシミテ)に他ならない」と、のちに本田はそう述懐している。彼がなぜ一等に輝いていたかと言えば、それは彼が受験した大学に全て合格したからである。

 

中高男子校に六年間通っていた私は、可憐な乙女との会話なぞ一切したことがなく、ましてやそんな乙女たちと手をつないだり接吻を交わすなどもゆめゆめなく、畢竟、そのあとに続く神秘的行為なぞ夢の中ですらしたことのない、ピュアな少年であった。

 

ゆえに私はそのフラストレーションを全て勉学につぎ込み、共学に通っている男子たちを睥睨し、貴君らは猿のようにいちゃこらさっさしておけばよい、その間に私は一人ネクストステージに到達するとひとりごち、一心不乱に自習室に向かい、ネルヴァトラヤヌスハドリアヌスアントニヌス・ピウスマルクスアウレリウスアントニヌスとローマ五賢帝の呪詛を唱え続けていた。

 

私は礼節をわきまえた人間である故、誰も求めていない自分語りや自慢話などは一切しない。それはコミュニケーションとはサービスであるという信条を今に至るまで貫き通しているからである。しかし、私には見える。私には諸君らが浮かべるそれぞれの表情が見える。「そんな言ってるけど、本田君は一体どれほどの志望校に合格したのだろうか」という知的好奇心を全面に私を見つめている表情が見えるのである。致し方ない。諸君らが欲するのであれば提示しよう。そんなに聞きたいのであれば提示しよう。それがサービスというものだ。

 

慶應義塾大学法学部政治学

 

慶應義塾大学経済学部

 

慶應義塾大学商学部

 

慶應義塾大学文学部

 

早稲田大学社会科学部

 

上智大学経営学

 

立教大学経営学

 

首都大学東京大学法学部

 

上記の大学に全て合格した時の私は舞いに舞い上がり、合格の瞬間に各ほうぼうからお祝いのメールが多数寄せられると思っていたが、実際に祝ってくれたのは、家族特にママと、よく行く美容院の担当さんだけであった。当時の私は自身の求心力の無さにみもだえながらも、我は選ばれし民なり!我は選ばれし民なり!と一人孤独に絶叫した。

 

今年もこの季節がやってくる。受験生諸君には、身体に気を付け、是非自分の本領を本番で発揮してほしい。幸運を祈る。

 

(※冒頭の絵は、私が当時受験勉強中の休憩時間に書いたものである。プリントアウトしてお守りとして懐に忍ばせておくと慶應合格の御利益があるかもしれない。)

アユニ・Dと握手!

f:id:kent-0106:20210809033847j:image

某日某所、私はアユニ・Dと握手をする為に列に並んでいた。

 

アイドルと握手をするのはいつ振りだろうか、思いを巡らすと、それは私が中学二年生の頃だった。当時ガールズバンドのZONEのファンだった私は、友人と池袋サンシャインへ向かっていた。そこではZONEのニューアルバム発売記念と、新メンバー加入のイベントが行われ、アルバム購入者はメンバー全員と握手ができるというものだった。私は握手をする気恥ずかしさを強く持っていたが、その友人の熱意に押されて一緒に付いて行く運びとなった。

 

私はZONEの中でも特にベースを担当していたMAIKOのファンだった。何故MAIKOが好きだったのかと言えば、それは、私が幼少の頃に観ていたセーラームーンのキャラクターの中で、特に水星をモチーフにしたセーラーマーキュリーが好きであり、外見は短髪でボーイッシュで可愛い感じ、内面はおしとやかで優しい感じ、そのセーラーマーキュリーにZONEのMAIKOがソックリだったからである。

 

私が並んでいる列は徐々に進んで行き、ついにZONEと握手ができる時間が迫るにつれ、中学二年生の私の緊張もピークを迎え、いざ握手をする一歩前のポジションに着くと、

 

 

果たして僕なんかが握手していいんだろうか。

 

 

という根源的な問いが私の頭をもたげる。その問いに対する答えは無論、握手してよい、だってちゃんとアルバム買ってるから、なのだが、当時の私は中高一貫の男子校に通う、生粋のチェリーボーイであり、異性との会話ですら異世界のそれであり、あまつさえ、そんな異性との、かつ大いに恋慕と敬愛の念を捧げている対象に、ささやかな物理的接触を図るなぞ、想像を絶するに絶し、かかる心境におちいってしまうのもさもありなん、しようがないよドンマイドンマイなのである。

 

私のそんなチェリー的葛藤をよそに列は半ば強制的に流れ進み、横一列になってファンを待っているメンバーが目の前に見えた。まず私の目の前には、ドラムを担当しているMIZUHOが、こちらを見ながら莞爾と微笑み、その手を差し出していた。いいんですか?本当に。だいぶ前から手汗止まらないけど、拭いても拭いても止まらないけど、僕が本当にこれから握手していいんですか?私はあやふやな感情のまま恐る恐る手を伸ばした。そしてついに握手をした途端、

 

 

 

手やわらかっ!!

 

 

 

という衝撃に支配された私は、文字通り、稲妻に撃たれたが如く肉体と精神は激震し天空を舞い、私の両眼ははるか虚空を見つめ、MIZUHOに続く、新メンバーのTOMOKA、ボーカルのMIYU、そして最後に私の推しであるMAIKOとの握手の記憶がほとんど飛んでいた。特に、最後に握手をしたMAIKOとの記憶が、一番最後であるがゆえに一番飛んでいた。私はただ、MIZUHOの手がとても柔らかかった、という衝撃的な印象と感触と共に、その握手会を記憶している。

 

さて、今の私は無論、かかるチェリー中学生ではなく、三十路を迎えた大人である。私には己の心をしっかり持って、アユニ・Dと握手をすべき使命と責任がある。一人前の大人の男としてちゃんと握手をしたい、私はそう思った。

 

私がアユニ・Dのファンになったのは、YouTubeで、当時新曲だったプロミスザスターのMVをたまたま観た時に、めっちゃいい曲だなあと何回も聴いているうちに、明らかに可愛い子がいるなと思ったのがキッカケである。そして何より、テレビ番組に出演している時の彼女のぎこちないコミュニケーションの取り方に共感している私がいた。

 

一介の陰キャを自認している私は、例えば中学生の頃に、ファミマのレジ前にあるチキンがとても美味しそうで食べたかった。しかし、ホットスナックなので、一旦店員に「すみません、チキン一つください。」と伝えなければ買うことができない。私が発するその一言を、店員が聞こえなかったらどうしよう、迷惑そうに「え?なんですか?」と聞き返されたらどうしようなぞといった瑣末な問題を、心底重大な問題として捉え、羞恥心と恐怖心に支配されるような人間であった。

 

そんな自分との間に勝手に共通点を見出し、共感していたのである。私には、アユニ・Dが斯様な羞恥や恐怖といった暗い感情から逃げずに立ち向かっているように見えた。私も同じように頑張らなければと思った。

 

私は列に並びながら、アユニ・Dに一体どんな一言をかけようかと考えあぐねていた。無難に「応援しています、頑張ってください!」で良いのだろうか。一介の芸人として、そんな無難な一言で逃げてはいけない、と、もう一人のボクがそううそぶく。別にボクは構わないけど、それでキミは満足なの?アユニ・Dの笑顔、見たくないの?そんな誰でも言いそうな普通の一言で、逃げ隠れてるだけでしょう。どうせだったら、スベる可能性も羞恥も恐怖も全て飲み込んで一歩踏み込んで笑わせてみなよ!その一歩を踏み込むか踏み込まないか、それは一見些細な違いに見えるけど、雲泥の差なんだよ!ホラ!もう列も進んでるし時間ないよ!早く決めて!早よ!!もう一人のボクに決断を迫られたワタシは、全てを飲み込んでボケることを選んだ。

 

算段はこうだ。握手をする直前にまず私が「すみません、手汗がスゴくて、」とアユニ・Dに伝え、右手を思いっきり拭く。そして手汗を拭き終えたその右手を差し出すべきところで、即座に逆の左手を差し出すことによって、「いや、そっちかい!」というアユニ・Dのツッコミを誘発し、その場は急転直下の大団円、キャッキャウフフの一件落着とあいなりにけり。

 

私は覚悟を決めた。仮にこれでアユニ・Dの頭上に「???」が灯されたとしても、私は勇気を持ってその一歩を踏み込んだ自分自身を誇ってやりたい。私の心はこれからも、無難にやり過ごすのか、それとも、勇気を出して踏み込むのかの葛藤の中にこそ現れるであろう。しかし私は常にその一歩を踏み込む側の人間でありたいと思う。恐怖や羞恥や諦観の一切合切をも包み込んで、それでもなお勇気と覚悟を以って一歩を踏み込みたいと思う。なあ、それでいいんだろ?もう一人のボク、、

 

そして、ついに、握手をする一歩手前のポジションに私は着いた。仕切られたこの大きなパーテーションを右に迂回したその場所にアユニ・Dがいるのだ。私は一つ深呼吸をして、大きく一歩を踏み込んだ。

 

 

 

かわいっ!!

 

 

 

私はちょうど、自身がチェリー中学生の頃に感じたあの衝撃に、ちょうどあのやわらかっ!!に似た衝撃に支配されかけていた。文字通り、稲妻に撃たれたが如く私の肉体と精神は激震し天空を舞い、私の両眼ははるか虚空を見つめ、かけていた。留まれワタシ!!踏ん張れワタシ!!ここでワタシの魂が出張し、二つの眼がギュルンと虚空を見つめたなら、あの頃からなんの成長も進化も遂げていないじゃないか。それでいいのか??いいワケがない!!気を確かに持って、かつ、ボケろ!!気を確かに持ってボケるんだ!!

 

私はアユニ・Dを目の前にし、「すみません、手汗がスゴくて、」と言って右手を思いっきり拭いた。するとアユニ・Dは、「私も手汗スゴいから大丈夫だよ」と言って、右手を差し出して来てくれた。

 

私はこの後、自身のボケを完遂させる為に、本来であれば手汗を拭いていない逆の左手を差し出さねばならないが、この時、アユニ・Dは右手を差し出して来てくれており、かつ、左手にはサインをする為の黒マッキーが握られていた。

 

つまり、私がボケの左手を差し出してしまうと、アユニ・Dはわざわざ一旦差し出した右手を戻し、左手に持った黒マッキーを置いてから左手で対応せねばならなくなり、無論、そんな手間をおかけするワケにはいかない。必然的に、私の左手はアユニ・Dの右手と握手をするということになるが、それでは、アユニ・Dの右手のひらと私の左手の甲があたる形となってしまい、握手不成立となる。その結果、当然の帰結として、私は

 

 

 

普通に右手で握手をした。

 

 

 

結果として私は、普通に手汗のスゴイ中年男性で、普通に手を拭いて普通に握手をした人になった。しかし私は心底嬉しかった。何故ならば、私が踏み込んだ一歩は一見失敗したように見えたかもしれないが、私が「すみません、手汗がスゴくて、」と言わなければ、アユニ・Dの「私も手汗スゴいから大丈夫だよ」という奇跡のワンラリーは成立しなかったからである。

私は、いや〜可愛かったなあ、それにしても可愛かったなあ、なぞと無意識的に言葉をウレションのように漏れこぼしながら、帰り道をぼんやりと、しかし一歩一歩確かに歩み余韻に浸った。

激闘!ハナクソバトル!

バトル、白熱する闘い、それはひとえにゲームであり、エンターテイメントでもある。

バトルが持っているそれ自体の力学は一体どのようなものだろう。

それは、結果として勝敗がつき、一つの目的に向かって、参入する者たちを対立させながら巻き込んでゆく、動的な枠組みである。バトルに参加した者たちは、有無を言わさず、勝負が決するまで突き進むことを強いられる。

 

そこでは流動的、無目的的に流れていた時間と空間が、緊張と集中を呼び覚まし、そこに存ずるバトルのプレーヤー、あるいは、オーディエンスに爆発的なテンションのチャージを促す。勝てば歓喜、負ければ悲哀、私たちはそのバトルの成り行きを固唾を飲んで見守りながら、あるいは、プレイヤーとして没入し白熱しながら、その結果に一喜一憂する。

 

例えば、飲み会での山手線ゲームも、バトルである。何故そこでゲームをする必要があったのか。それは普通の会話ではさして盛り上がりを見せなかった、弛緩しきった空間に一石を投じる為だったかもしれない。普通の会話で盛り上がりを見せている中で急に「じゃ山手線ゲームやろ!」とはならないからである。

 

バトルという枠組みに一度足を踏み入れれば、さほど会話に長けていない飲み会参加者でも簡単にその渦中に入り込むことができる。あとはそのバトルの流れに身を任せ、負けた者にはグイグイコールを、見事勝利した己には祝杯をあげれば万事解決である。

 

上述したバトルまでの経緯はどちらかと言えば消極的な理由によるものであるが、自覚的なエンターテナーであれば、積極的な理由によってあえてゲーム空間、いわばバトル・フィールドを展開することができるであろう。それは容易に空間全体を飲み込み、その場に存ずる参加者たちの感情を渦巻きうならせ爆発させる装置となる。

 

そんな私がこの度、読者諸賢に提案したいバトル、珠玉のエンターテイメントゲーム。それこそがハナクソバトルに他ならない。そう、ハナクソバトルである。

 

私が考案するハナクソバトルにエントリーさえすれば、初めましてこんにちわの人たちも、倦怠期のカップルも、セックスレスの熟年夫婦も、たちまちにその距離を縮め、火花を散らし、溌剌とした感情を四方八方に撒き散らしながら、みずみずしい潤いとハリのある関係性を手に入れ、あるいは、取り戻すであろう。

 

ハナクソバトルへのエントリー方法は単純明快である。

まず一方が他方に対し、ちょっとイラっとした憤怒をその身に宿す。

例えばその原因が、取っておいたプリンを勝手に食べられた、話を無視して携帯をずっといじっている、貸したお金を返してくれないなどでよい。

 

そして、その憤怒を宿した一方が己のハナクソをほじって己の手指に取り出す。

さあここで、ハナクソバトルフィールドは整った。あとはそのハナクソを、敵プレイヤーの身体のどこかへ付着させれば勝利である。

当たり前だが、敵プレイヤーも全力でそれを拒絶して対抗してくる。ハナクソとは、万人が手軽に調達しうるが、他者にある種の破滅的嫌悪感をもたらすことのできる盲点的代物である。誰も己の身体に敵のハナクソが付着するという敗北は決して味わいたくない。

ここで、両者の力が拮抗する。

プレイヤーAのほっぺたにハナクソを付けようとするプレイヤーB。

負けじと両腕に渾身の力を振りしぼり押さえ込むプレイヤーA。

押さえ込まれた手指を巧みに操り、作戦変更しプレイヤーAの手首近辺にハナクソを付着させようとするプレイヤーB。

一旦狙われた片腕を振り払ってから、再度押さえ込むプレイヤーA。

度重なる攻防戦、一瞬の隙をも与えられぬ息を飲む緊張感。ハナクソに両者の神経が全集中される白熱した時空間。

 

察しの良い読者諸賢なら、もうお分かりのように、この時、ハナクソは、エンターテイメントの1ギミックとして機能しているのである。誰も気にとめることのない、路傍の石ころでしかなかった一つのハナクソも、かかるバトルでは、中心的な存在、そこではまさしくそのハナクソを起点として世界が構築されている。

 

読者諸賢の中には、私のこの提案が一見現実離れしたものに映ってしまうかもしれない。そもそも、己のハナクソを己の手指に付着させること自体に嫌悪感を抱くかもしれない。あるいは、己のハナクソを相手に付着させようと意図した瞬間に、相手との関係性が一気に破綻してしまうことを危惧するかもしれない。

 

しかし、その当たり前の感受性の向こう側に、未だ経験したことのない魅力的なエンターテイメント空間が拡がっている可能性を、私は絶えず強調してゆきたい。是非とも貴君もハナクソゲームにエントリーし、しかるのち、勝利の美酒に酔いしれよう。

先天的才能+後天的努力+運

全ての成功、その輝かしい結果をもたらした要因は一体何か。

私たちはそのことに思いを馳せずにはいられない。それは神に与えられた天賦の才によってなのか、あるいはその人間の一心不乱の絶え間ない努力によってなのか、あるいはまた、人間があずかり知らぬところの、たまたまたぐり寄せた運によってなのか。

 

一つの成功、一つの結果は、上述した三要因、つまり、先天的才能と後天的努力と運のブレンドによって成り立っていると私は思う。ブレンドされているがゆえに、一つの成功が何によってもたらされたのかを解剖学的に検証することは困難である。才能の中に努力が入り混じっていたり、逆に努力の中に才能が入り混じっていたり、その両者が運の中に閉じ込められていたり、それらは渾然一体としている。

 

そして、三要因のうちの二つ、先天的才能と運は、私達の手が届かない、あずかり知らぬところで決定している要因であり、どうしようもないことである。例えば、バスケットボールにおいて身長が高いことは才能であり、努力でどうにかできることではない。また、ゴッホのように、どれだけ才能があったとしても、生前に全く評価されず、時代に受け入れられなかったことは、運が悪かったとしか言いようがなく、どうしようもないことだったのかもしれない。

 

そこで私たちの関心が最も傾注される要因、それこそが努力である。何故ならば、努力とは私たちが後天的に、各々のさじ加減で、したりしなかったり選択することのできる要素だからである。そこには唯一、人間に与えられた自由な裁量がある。才能と運が神の領分とするならば、努力は人間の領分である。そして私たち人間は、努力という曖昧模糊とした概念に物語を描き、希望を抱いて歩み続けたり、ひるがえって絶望して立ち止まったりする。そんな努力とは、一体どういったものなのか。

 

努力とは、一定の社会的目的を達成する為に、競合する他者へ優位性を確立する、時間的連続性を帯びた力である、と私は考える。

分かり易く言うと、例えば、「志望校に合格する」という社会的目的を達成する為には、他の受験生よりも多くの点数を取って合格する(競合する他者へ優位性を確立する)為に、毎日(時間的連続性)受験勉強に励まねばならないであろう。

この定義上では、毎日どれだけ勉強しても、それで他の受験生よりもよい点数を取ることができず、結果として受験に落ちてしまったのであれば、それは努力ではない、ということになる。逆に、毎日勉強せずとも、結果として受験に合格してしまったのであれば、それは努力ではなく、その個人の才能、あるいは運が良かったということになる。

 

そして、なぜ単に目的ではなく、社会的目的と定義したかと言えば、例えば筋肉を付けるという目的の為に筋トレしている個人の努力は、その領域が至極プライベートである為に、社会的評価として努力している、と客観的に判断されづらい。それは自己満足という個人的な目的へと収斂してゆく。その領域には競合する他者は存在しない。

 

しかし、これが、例えばボディービルの大会の為に筋トレをしていたり、モデルをやっていて体型維持の為に筋トレをしているという文脈であった場合、その行為はプライベートな領域を突き破り、競合する他者が存在する、ソーシャルな領域へと到達する。その時になって初めて、社会的評価として努力しているという判断がなされるのである。競合する他者が多く存在し、かつ、競争原理が強く働いている社会的状況において、努力に対する社会的評価がもっとも高く下される。

 

ここに、ある志望校Xに合格したいA君、B君、C君、D君、E君の五人がいる。そして受験勉強の期間中は運が作用しないものとする。

A君とB君とC君は常に同じ時間勉強しており、D君とE君はほとんど勉強していない。

時間的連続性の観点から言えば、この時点でA君とB君とC君は努力の成立要件のうちの一つを満たしており、D君とE君は満たしていない。

そして合格発表当日、A君は首席合格、B君は合格、C君は不合格、D君は合格、E君は不合格となった。この時、一体何が浮き彫りになるだろうか。

 

まずA君は、B君とC君と同じ時間勉強をし、かつ誰よりも優位な成績を残して見事合格を果たした。A君は、合格という結果を残したことによって(競合する他者へ優位性の確立)、努力の成立要件を全て満たした為、「受験勉強を努力した」という社会的評価が下されることになる。

その評価は同様に合格したB君にも下されるが、首席合格しているA君との差異はどのように解釈されうるか。その差異は、A君にはそもそも勉強の才能があった、という形で説明される。つまり、A君は才能もあり、かつ、努力した存在であり、逆にB君は、才能はないが、努力した存在である。この時、A君とB君は天才と秀才として説明されるであろう。

そして、彼らと同等の時間を勉強したにも関わらず不合格になったC君は、天才ではなく、努力をしたが(厳密には、努力の成立要件を一つ満たしたが)、結果として結実しなかった存在である。C君は結果として合格していない為に、「受験勉強を努力した」という社会的評価が下されない。

C君は自分の勉強時間が足りなかったのかと悔やむであろう。C君は絶望しながらも、A君とB君よりも勉強をしていれば、自分も合格できたかもしれないという希望を抱く。その可能性は誰にも否定できないし、また、肯定もできない。C君は来年、今年よりも勉強時間を増やし、毎日勉強に明け暮れ、その結果、志望校Xに見事合格するかもしれないし、また、再び不合格になるかもしれない。

ひるがえって、D君は勉強をほとんどしていないにも関わらず、志望校Xに合格した。つまり、努力の成立要件の一つ(時間的連続性を帯びた力)を満たしていないにも関わらず合格(他者への優位性を確立)したのである。ここで才能の成立要件が浮き彫りとなる。才能とは、努力せずとも先天的に他者への優位性が確立されている力である。

つまりD君は、才能はあるが、努力しなかった存在である。そういった意味で、D君(才能◯努力×)は自分の意識次第でA君(才能◯努力◯)に変容する可能性がある。同様に、不合格であったC君(才能×努力△)も自分の努力の方向性次第でB君(才能×努力◯)に変容する可能性がある。

最後のE君は勉強をほとんどしなかった結果、志望校Xに不合格になった。ごく当たり前の結果であると言えるが、E君(才能×努力×)は、C君(才能×努力△)が抱いたような努力に対する希望や絶望も、他に感ずる劣等感も嫉妬心も有していないであろう。何故なら、E君は努力の成立要件の一つも満たしておらず、その世界を未だ知らないからである。

 

思うに、この世界に存ずる全ての努力の物語の要は、C君が受験勉強を通して味わった努力への絶望、希望、あるいは他者への劣等感、優越感、嫉妬心、向上心その葛藤の中にこそある。私たちが信奉する努力はいつも才能によって翻弄され続けている。

その努力は、果たして報われる努力なのか、それとも報われない努力なのか。私たちはその正解を求めている。私は先に、才能と運は神の領分で、努力こそ人間の領分などと述べたが、その努力の結果こそまさに、神のみぞ知る、神の領分なのではないだろうか。 

 

f:id:kent-0106:20210418012648j:plain

 

ここに、努力の物語を象徴する一つのイラストがある。

二人の男性は、ダイヤモンドを手に入れる為に炭鉱を掘り続けている。

上の男性は一心不乱に炭鉱を掘り続けており、下の男性は目的のダイヤモンドが目前に迫っているにも関わらず、それを背に諦めてしまっている。

このイラストが伝えたいことは、「努力は必ず報われるから、絶対に諦めるな!諦めたらもったいない!」という神話である。

このイラストの、まず第一の誤謬は、ダイヤモンドがそこに存在しているという目線を私たちに提供していることである。このイラストを見ている私たちの目線は、いわば、神の目線である。しかし、その目線の観測者は、この世に存在しないのである。

第二の誤謬は、努力を継続する(炭鉱を掘り続ける)時間に個人差はあれど、最終的にはダイヤモンドが必ず存在するという前提である。上のイラストで、ダイヤモンドが全く存在しない炭鉱を考えてみてほしい。掘り続けても、掘り続けても、ダイヤモンドは一向に出てこない。

延々と続く無機質な炭鉱を、ただひたすらに掘り続ける毎日。ダイヤモンドがあるものだと信じて掘ってはいるが、実はその先に何も見つけることはできないのだ。

この場合は、イラストの下の、諦めて掘ることを止めた男性が正しい決断をしたということになる。彼は有限な時間を無為に消費することなく、また違った対象、方向へと努力することができる。

また、上の男性の掘った先にはダイヤモンドがあるが、下の男性の掘った先にはダイヤモンドが全くないという可能性もあり、またその逆もある。自分と同じ時間、炭鉱を掘り続けた結果、彼はダイヤモンドを手にしたので、私ももうすぐそれを手に入れるだろうという願望はありうるが、その結果としてダイヤモンドを手にする保証は全くない。

もちろん、彼より掘り続けた先に、一等光り輝くダイヤモンドがある可能性もあるが、全くない可能性も等しくある。

 

斯様に、私たちの努力の行き先は暗闇に満ちている。その暗闇は、神にしか照らすことができない。

ここで、ラインホルド・ニーバーの言葉を引用したい。

変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ、

変えることのできないものについては、それを受け入れるだけの冷静さを与えたまえ。

そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、識別する知恵を、われらに与えたまえ。 

 これはそのまま私たちの努力に対しても言えることではないだろうか。つまり、

努力して報われることについて、それを達成できるだけの活力を私たちに与えたまえ、

努力しても報われないことについては、それを諦めるだけの冷静さを与えたまえ。

そして、報われる努力と、報われない努力とを、識別する知恵を、われらに与えたまえ。

 と、換言することができるということだ。

私たちは常に、報われる努力と、報われない努力とを識別する知恵を持たない。

私たちは、どれだけ勉強しても志望校に合格できるかどうか分からない。自分より勉強していない人間が合格するかもしれないし、自分と同じくらい勉強した人間が合格して、自分は不合格になるかもしれない。

私たちは、自分が掘った先に、ダイヤモンドがあるかどうかを確かめる術を持たない。もう少し掘ったら出てくるかもしれないし、出てこないかもしれない。あっちでは既にダイヤモンドを手にしているのに、こっちでは永遠に手に入れられないものかもしれない。あの努力は報われた、この努力は報われなかった、という判断は結果論でしか出すことができない。

もし、私たちが全てを見通すことのできる光を、知恵を手にすることができたならば、そこには報われなかった努力も、報われた努力も、希望も絶望も、劣等感も優越感も、向上心も嫉妬心も、全ての人間的葛藤さえも存在しえないであろう。

 

最後に、私が敬愛する水野敬也氏の言葉を引用して終わりたい。

顔とか、運動神経とか、センスとか、才能とか、そういうので負けるのはいい。

それは、自分で選べるものじゃないから。

でも、

行動は、

行動することだけは、

決して誰にも負けてはならない。

なぜなら、

それを「する」か「しない」かは、

自分で選べるのだから。

巨頭と絶壁

皆さん、自分の身長だったり、足のサイズだったりはすぐに答えられると思うんですけど、自分の頭のサイズが何センチかってすぐ答えられる人いますか?因みに、僕の頭のサイズは

 

 

61cm

 

 

あるんですけど、まあそう言われても全然ピンときませんよね。普通の人の平均的な頭のサイズは55〜57cmくらいらしいので、それと比べると僕の頭はだいぶ巨頭であることが分かると思います。

 

そして僕の身体的特徴である巨頭は、幼少期の頃に特に目立ち、というのも、まだ身体がちっちゃくふにゃふにゃなのに頭だけは大きくしっかりしているコントラストが働き、その光景を滑稽として見た家族に大いにイジられました。それ故に、幼少期の僕にとって巨頭であることは大きなコンプレックスの一つになっていたのです。

 

例えば、兄弟からは、エイリアン(プレデターとかと戦う方の)、E.T.宇宙戦艦ヤマトなど取り敢えずありとあらゆる細長いモノに形容されたり、ロングヘッドなどの横文字で攻められたり、そして極め付けは、(兄弟と同じクラスだった)学校の授業中に後ろから肩を叩かれ振り向くと、おもむろに三角定規を渡され、「これで頭の長さ測って!」なぞと嘲笑交じりにイジられ尽くされ倒されていました。性根が腐り散らかした、醜き心のなせる所業!僕は力無くそうつぶやき、やがて滂沱の涙を流しました。

 

そして当時、この兄弟間の巨頭イジりを、ママやパパは静観する姿勢を貫き、いや、なんならむしろ隙を見てはそれに加勢する姿勢、親子のジェネレーションを超えてのイジり波状攻撃もやむなしとする心意気、戦況は多勢に無勢、さらに悪いことには、僕のイジられ要素は巨頭であるということに限らず、もう一つの要素、シンプルに顔が猿に似ているという理由からチンパンと呼ばれていたこともあり、基本的には、ロングヘッド&チンパンスクラムで、イジりの業火をその一身に浴びていました。

そのなかでも、「脳味噌がいっぱい詰まってるってことだからね。賢くなるよ。」と、慰めてくれる方々もいらっしゃいましたが(そののち、慶応義塾大学に入学する脳味噌までに発達するが、それはまた別のお話)、それでも僕が巨頭であることを否定してくれている訳にはならず、やっぱり、デカイはデカイんだなどと、なんとも言えない気持ちになったりしました。

 

そんな家族間での戦々恐々としたイジりの応酬を体験した僕は、中学生になって他のクラスメイトも僕の頭の大きさや、顔がチンパンジーに似ていることをイジってきたりするのかと不安になりましたが、結論から申し上げますと、そのようなことをイジってくる人達は一人もいませんでした。開放的で風通しのよい、生きやすい世界!僕は叫びました。

 

と、そのような過去の思い出話を、最近になってママとしゃべっていたところ(31歳独身実家暮らし彼女なし、日々の楽しみはママとの雑談であるところの僕)、ママが「大きくなったねぇ」なぞと冗談めかしで付言しながら、僕の後頭部を軽く叩きました。

それに対して僕は、うるさいわと軽いツッコミを入れて、同じ様にママの後頭部を小さく叩きました。そして僕はその感触にギョッとしました。

 

 

めちゃくちゃ絶壁やん。

 

 

今の今まで明かされることがなかった衝撃の新事実、後頭部の毛量によってうまく隠蔽され続けてきたママの絶壁。頭頂部を少し行ききったところからストンと直角に落ちてゆく滑稽至極な頭蓋の造形。

 

 

どの頭で巨頭イジってくれてんねん。

 

 

あの頃、純真無垢の巨頭の僕の影に隠れ、多数派の中に紛れて僕にイジりの石を投げ続けていた絶壁のママ。うしろあたまたいらのママ。絶対そのポジショニングは違ったでしょう。まずは自分の頭の形を素直に受け入れ、打ち明けて、

 

 

共闘しろよ、

同じ頭のカタチ変族として。

 

 

共闘とまではいかなくとも、なんか親としてフォローの一言、添えられたんじゃないでしょうか。僕がママだったら、当時の傷付いていた僕にこう声を掛けていたはずです。

f:id:kent-0106:20210315015013j:plain

「けんちゃん、確かにあなたの頭は人より大きいかもしれない。でもほら、ママの後頭部を触ってごらんなさい。ね、ママはうしろあたまたいらなの。けんちゃんとは逆ね。人には色んな頭のカタチがあるから、そんなに気にすることない!それをバカにしてくる、しょうもない人達のコトバなんか聞かなくていいわ!!」

 

これこそが、頭のカタチ変族としての、あるべき美しき姿だったのだと思います。

謹賀新年、吐瀉まみれ

読者諸賢には、お酒を飲んでゲロを吐いた経験があるだろうか。

ゲロを吐くという言葉は汚く、品がないので、かといってそれをカタカナでリバースと言ってもカッコつけすぎな感じもするので、ここでは間をとって吐瀉る(としゃる)と換言したい。ゲロとは吐瀉物であり、吐瀉の「瀉」は、新潟の「潟」とほぼ一緒であり、ゲロではなく吐瀉と漢字で表現することによって、カジュアルではなく一見フォーマルな感じ、人間としての最低限度の尊厳を保っていたいという願望も込められている。

 

かく言う私は、八年間ホストをしていたので、一般人の累計吐瀉回数に比べればはるかに多くの吐瀉を経験しており、他者が吐瀉るのも横目で数多く見たし、帰宅途中の歌舞伎町のストリートでは吐瀉ってから幾分か時間が経過したであろう匿名の吐瀉もそこかしこに、まあとにかく、私にとって吐瀉はありふれた光景だった。

 

しかし、去年の三月頃、コロナが流行し始めたあたりから、私はホストを辞めて、その結果お酒を飲む機会が全くなくなり、必然的に吐瀉との関わりも一切なくなった。私自身、お酒を飲むと、全能感に支配され一見世界がクリアに見える享楽があるので、アルコール中毒者の潜在的可能性もなきにしもあらずだったが、家で一人で居る時に飲もうという気にはあまりならなかった。

 

そんなある日、新年の二〇二一年、元旦の夜、久し振りに家でお酒を飲んだ。徐々に熱を帯びて赤らむ顔の温度に懐かしさを感じながら、現役を退いたベテラン選手が気恥ずかしさ混じりの笑みをたたえてボールを握る様さながら、私はグラスを手に取りお酒を流し込んで眠りについた。

 

ふと、頭痛と吐き気と共に目覚めた深夜三時。吐瀉るか吐瀉らないかの絶妙なさじ加減、その感覚をお酒の空白期間によってとうに忘れてしまっていた私は、自らの口元に逆流してくる吐瀉への反応を、恐らくすんでの差で見誤っていた。

 

私はトイレに向かって自分の部屋から激走した。しかし、その道中、リビングルームで抑えがたい勢いで逆流してくる吐瀉をその刹那に感じ取り、取り返しのつかない事になってしまうと思考する私をまさにその吐瀉が追い越して、齢三十、新年早々、

 

 

 

リビングルームで吐瀉るに至る

 

 

 

さらに加えて、自室からの激走の勢いを保った私の身体は、慣性の法則をその身にまとい、そのまま進行方向前方の、

 

 

 

己の吐瀉に滑り、転倒するに至る

 

 

 

転倒によってようやく止まることのできた暴走列車、吐瀉まみれの私の大転倒の轟音は、そのすぐ下の階で寝ていたママの耳にすぐさま留まった。のっぴきならない何事かが起きたと察したママの「誰?!」と叫ぶ声に共振して、次第に大きくなる階段を駆け登る足音に、私は、

 

 

 

もうダメだ

 

 

 

と諦観し、強打した腰を押さえながら、大量のトイレットペーパーを巻きに巻き、自分の飛び出した臓物を動転して掻き集めるかのように、吐瀉まみれの身体で、己のぶちまけた吐瀉を拭き続け、今にも消え入るような力無き声で、すいません、すいません、吐いちゃいましたすいません、と呪詛のように唱え続けた私のしぼみきった背中は、一度開き、そして、再び静かにそっと閉まる戸の音を聞き逃しはしなかった。

塾講師バイトの早慶戦

どの組織内にも自分と合わない上司や先輩が少なくとも一人は存在することは、この世に取り巻く、ある種の宿命的あるあるであるかのように思われる。

齢三十にして未だ社会に出ていない僕は必然的に、これまでしてきたバイト先からその小経験を引き出さざるを得ないが、嗚呼、これか、確かにあったなという体験が一つあった。

 

当時の僕は慶應義塾大学(あえてフルネームで表記する筆者の内に蠢くエゴを各自勝手に解釈していただきたい)に入学したての大学一年生で、初めてするバイトに塾講師を選んだ。

そもそもバイト経験がゼロな僕は、まがいなりにもそこが初めて経験する社会の入り口であり、緊張もひとしお、さらに性格がシャイなのでベースが緊張、そしてあるかないか分からないながらも輝かしい将来に向かって希望をたたえている生徒達の今後をある程度背負っているという責任感からくる緊張、とにかく僕はバイト初手から自身に襲いかかってくる重層的な緊張に切羽詰まっていた。

 

バイトの採用が決まってから実際に生徒の前に立って勉強を教える前に、配属された校舎にいる先生達の前で模擬授業をするという流れがあった。そこでは実際に本職として塾講師をされている先生と、僕と同様に大学生のアルバイトの先生が複数名いた。

慶應なんだ〜!僕は早稲田だからライバルだね!」

そう言って気さくに笑いながら、僕に話しかけてくれた早稲田大学の先輩が一人いた。僕より一つか二つ学年が上で、見るからに人の良さそうな、周囲の大人の先生達とも打ち解けて会話のできる、柔和な人だった。これから先生達みんなの前で模擬授業をしなければならない僕の緊張が少しほぐれた気がした。

 

僕はホワイトボードを背に教壇に立ち、あらかじめ前日に用意していた授業の段取りを記したプリントを見ながら、慣れないながらも授業を進めていった。授業を見ている先生達は生徒役として、こちらが名指しして問題を解いてもらったり、そこらへんは各自アドリブで、こちらの授業進行を邪魔しない程度に行われた。その中で、問題児の生徒役を自ら率先してこなしていたのが早稲田の先輩だった。

 

無論、自ら率先してこなしていたので誰から頼まれた訳では決してない。完全なるアドリブである。早稲田の先輩は問題児なので僕がホワイトボードに英語の文章を書いている時に急に

 

 

 

「先生!字が小さすぎて見えない〜!」

 

 

 

なぞと大声で言ったりする。問題児だから。その演技を見てそれぞれの先生達が笑い、クラス内は一見和やかな雰囲気をかもし出す。僕はその刹那にひるみながらも「ごめんね〜」なぞとあくまで教師であり続けなければならない己を見つめ、力無い言葉を返し、ホワイトボードに一度書いた、決して小さくはない普通の大きさの文字を消して更に大きめに書き直し、再び授業を続行する。するとまたふとした時に

 

 

 

「先生!緊張してるの?声が小さい〜!」

 

 

 

と早稲田の先輩が小気味よいタイミングで言葉を掛けてくる。問題児だから。こちらの授業進行を邪魔しようがしまいが関係がない。問題児だから。僕は再び「ごめんね〜!大きくしゃべるね!」なぞと、決して小さくない声の大きさから、更に大きく声を張って返答する。しようがないことだ。彼はそういう役割を、誰から言われた訳でもなく率先してただ全うしているだけなのだから、善意で。そして、僕の授業も佳境を迎え、ようやく最終的な総括の部分に入りホッと一息つこうとするや否や、

 

 

 

「先生〜!おしっこ漏れそう!!」

 

 

 

 

なんやねんコイツ

 

 

 

いや、

 

 

 

なんやねんコイツ

 

 

 

一気に溢れ出しそうになった憤怒を一旦全て飲み込んだ僕は、弛緩しきった表情筋と共に虚ろな笑みでそれに返した。僕の模擬授業は終わった。そして、僕の模擬授業が終わると、それを見ていた先生達から、ここが良かった、あるいは、ここは改善すべきなどといったフィードバックをもらう時間が設けられた。僕は順々に先生達のご意見を聞こうと耳を傾けようとしたその瞬間、

 

 

 

「、え?メモ帳出して?」(笑顔)

 

 

 

「もしかして、無い?」(笑顔)

 

 

 

、えっ?コワッ。

 

 

 

さっきまで問題児の生徒役を躍起になって演じていた早稲田の先輩が、今度は急に素に戻って笑顔でメモ帳マウンティングをしてくるその豹変ぶりに僕は心の底から、えっ?コワッ。となった。そもそも僕と同じ身分の、年上とはいえ、一アルバイトである大学生がふりかぶって大上段から指摘してくるその高圧的な態度、百歩譲って本職の先生達からそう指摘されるのであればまだ理解が及ぶが、それにしたって「メモ帳持ってる?メモった方がいいよ。」とニュートラルな感情で伝えれば事済むこと、初めてのバイトにおける初めての状況でメモ帳をその胸ポケットに既に携えている可能性はほぼゼロに近く無理ゲー極まりないジ・エンドであった。

 

完膚無きまでの敗北で早慶戦のデビュー戦を飾った僕は、それ以降、早稲田の先輩と再びその火花を散らす機会はほぼなくなった。そもそも相手は生徒の子供達なので、先輩と同じ空間にいることもほとんどなく、校舎内でたまにすれ違う事はあれど、あそこまで濃厚な接触をすることは皆目なくなった。安堵した気持ちと、いくばくか煮え切らない気持ちとが半々あった。

 

そんな折、一つのイベントとしてなのか、アルバイトの僕達を含む配属先の先生達を対象にした筆記テストが行われ、その点数が講師室に張り出されるというある種の行事めいたものがあった。その月は英語のテストが行われ、後日その結果が講師室に張り出された。僕の点数は89点ほどで、割と上位にランクインしていたのでホッとした。そしてそのランキングを下になぞって目線を下ろした時、僕はハッとした。

 

早稲田先輩 43点

 

 

 

 

、えっ?ヨワッ。